山口県防府市にある鞠生幼稚園は、1891年に創立された、日本最古の仏教系の私立幼稚園。123年の歴史をもつこの幼稚園は、今年の大河ドラマ『花燃ゆ』の主人公で、明治維新で活躍した志士たちを育てた吉田松陰の妹、杉文(のちの楫取美和子)が設立に大きく関わっている。
そんな鞠生幼稚園で長年実践されているのが、人形教育。各クラスに人形2〜3体を置き、園児たちは、一年を通して教室で共に過ごす。人形には、子どもたちに名前をつけられ、ベッドや椅子だけでなく、ベビーカーやドレッサーまで用意。一緒に生活しているような雰囲気を作り出しているのが特徴だ。
「人形教育は、子どもたちの心を大きく育てます」と語ってくれたのは、教務主任の森本真友子先生。
「人形を譲り合ったり、順番を決めて遊んだりするルールを身につける効果もありますが、それ以上に、お友達として迎え入れることで、ふだんは自分がしてもらう側の子どもたちが、してあげる側に立てることが大きいようです。お兄さん、お姉さんの気分で、人形の世話を重ねることで、自分より小さい者への思いやりやかわいいと思う気持ちがわき上がります」
鞠生幼稚園で“暮らす”人形は、ドイツ・ケーセン社製のジルケ人形。このハッキリしない表情が、子どもたちの想像力を広げるという。
「お人形は無表情なので、子どもたちの心が投影され、うれしいときは喜んでいるように見え、悲しいときは一緒に泣いてくれているように感じることができます。そこから想像力が育まれます。集団生活のなかで、自分の思いどおりにならないこともありますが、お人形がいることで気持ちが落ち着いたり、安心感を得たりする子どももいます」
浄土真宗の僧侶でもある香川敬園長(63)は次のように話す。
「私どもでは、字を教えることはしません。早く字を覚えると、絵から想像するのではなくまず字を読んでしまいます。すると、お母さんや先生が読み聞かせることで育つはずの創造力や知的好奇心が培われなくなります。これでは心は伸びていきません。人形との生活も同じ。一緒に喜んだり、悲しんだりすることで、人格が磨かれていきます。“友だちっていいな”、“ルールって大切だな”ということを自分のなかに積み上げていくことで、強く折れない心をつくれるのです」
激動の時代を生き抜いた杉文のような強い心を、園児たちも引き継いでいるようだ。人形を通してコミュニケーション力が育まれた子どもたちは、生き生きと輝いていた。