4月10日、「C Channel株式会社代表取締役社長」として再出発したLINE株式会社前社長の森川亮氏(48)。無料通信アプリ「LINE」はサービス開始からわずか3年9カ月、登録ユーザー数は全世界で5億6000万人、月間アクティブユーザー数は1億8100万人を突破している。それらを率いてきた彼が突然退任し、新たな道へと歩み始めた。後編は、新会社立ち上げの裏にあった“経営哲学”に迫った――。
●なぜこのタイミングでやめたのか
4月2日、LINEが東京証券取引所に株式の新規上場手続きを再申請したと報じられた。上場すれば、時価総額が1兆円規模になるとも言われている。だが森川氏の退任は、その直前の3月31日。なぜ、この時期だったのか。疑問をぶつけてみた。
「たしかに社長を続けると言うのも、ひとつの選択肢でした。普通に考えれば上場するまで残る道を選ぶだろうし、最初はそう思っていました。でも上場したらやめられないですよね。株主の方に今後の方針を発表しておきながら、上場した途端に『お疲れ様でした』とはいかない。それに、12年間も同じ会社にいたことで、煮詰まってしまう部分もあります。そんなときに、やりたいことが出てきた。変化があったほうが楽しい。だから、次の道に進むことにしました。そういう意味では、いいタイミングだったのかなと思います」
昨年12月、オフィシャルブログで退任を発表した際に「これまでも行ってまいりましたアントレプレナーやスタートアップ企業の支援、育成事業や新規事業にさらに積極的に携わっていきたい」と綴っていたように、森川氏は若手企業家への支援にも積極的に参加してきた。そうした活動も、自身の挑戦を後押ししたようだ。
「お金が大事なのか、やりたいことが大事なのかということを考えると、私の場合はやりたいことのほうが大事でした。それに世間では『起業が大事』と言いながら、自分だけ悠々自適に投資家生活というのは、あまり格好よくないと言いますか。若い人がもっと元気になるためには、僕みたいなオジサンも頑張っているところを見せないと。それもゲームを作るとかではなく、彼らができない“クレイジーなこと”をやろうかと思ったんです」
今回の女性向け動画ファッションメディア「C Channel」の構想は、実は半年ほど前から温めてきたものだったという。テストを繰り返すかたわらで、投資家からは「10億円出したい」など熱烈なラブコールも受けた。そして、森川氏は決意した。
「ニーズもあるし、時代感もある。いろんな業界の方に相談しても、みなさんいっしょにやりたいと言ってくださる。これは、業界全体で盛り上げていけるかなと思いました」
●娘からもらった手紙
ところで今回の決断に際して、家族からの反対はなかったのだろうか。そう聞くと、森川氏は苦笑しながらこう答えた。
「妻は慣れているみたいです。もともと私は結婚式の直前に日本テレビを辞めてソニーに移った過去がありまして(笑)。2000年にやめて結婚して、子どもも生まれて、家も買って。そうした人生の山が一度に重なった時期に、転職をして、それでもどうにか乗り越えてきたのを見てきた。だから、今回も『この人なら、何とかなるだろう』という思いがあるのかもしれません」
だが、14歳になる長女については、複雑な思いもあったのかもしれない。
「娘は心配していましたね。これまでは学校でも『LINEの社長の娘』と言われてきたのに、そんななかで突然やめてしまった。『やめてどうするんだろう……』と。あとは、そういうことに関わりたくないという思いもあるんでしょうね。それでも最終的には手紙をくれました。まあ、思春期なので長いものではありませんでしたが、『頑張ってね』みたいなことを誕生日カードに書いてくれました。うれしかったですね(笑)」
●もっとも大事なのは「スピード感」
森川氏によるとLINEの立ち上げに要したのは、なんと1カ月半だったという。そして今回も「C Channel」の立ち上げまでにかかったのは「約3カ月」。かなりの早業だ。そこには、「スピード感を重視する」という彼の“経営哲学”があった。
「私は悩まないんです。みんな悩んでいる時間が長すぎて、2週間とか考えこんじゃう。それではダメ。1時間で結論を出さないと。統計学的に見たときに、悩んで時間をかけて出した答えと早く決めて出した答えとでは、誤差がそんなにないそうです。だから考え込むより、その間の時間のほうが重要。早く答えを出して、ダメだったら次を選ぶほうが結果的に早く正解に辿り着く。そう思ってやっています。ついてこれない人もいますけどね」
今回も「年内には話題になるようにしたい」と意気込む森川氏。来年にはテレビCMも展開できればと、“野望”は大きい。
「そういう成長スピードじゃないと。LINEのときもそうだったので。やっぱり波に乗れば大きいですから。いろんな人をうまく巻き込んで、楽しい世界を作っていきたいですね。そして『ここに出たい』という人をどれだけ増やせるか。出たらみんなが自慢をする。そういうサイクルが重要です。今回も新しいチャレンジなので、リスクはあります。今がまさに踏ん張りどころ。だから社員には『やせ我慢をしよう』と言い聞かせているところです。でも、目指すはグローバルナンバーワンです」