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岐阜県岐阜市。長良川にほど近い町の一角にあるNPO法人日本動物介護センターで訓練を重ねているのが、福島生まれの雑種犬・じゃがいもだ。目指しているのは、災害時に行方不明になった人たちを、嗅覚を使って見つけだす、災害救助犬。なにゆえじゃがいもは、福島から遠く800キロも離れた岐阜にやってきたのか。同センターの山口常夫理事長(64)が説明してくれた。

 

「私どもは、元の飼い主さんが避難先で飼育できなくなった飯舘村の犬を50頭以上引き取り、育ててきました。じゃがいもも、その1頭です」

 

2011年3月11日の東日本大震災3カ月後の6月、じゃがいもは元の飼い主である井上キミエさん(52)の自宅で生まれた。井上さんは生まれも育ちも福島県の飯舘村。かつて日本でもっとも美しい村の一つとされた自慢の故郷は、原発事故を受け全村避難を命じられる。井上さんも県内の借上げ住宅での避難生活を強いられた。

 

「飯舘でこれ以上この子たちを飼うことはできません。人間だってもうここには住めないんだから……。せめて、この子たちには安全なところで、かわいがってもらって、幸せになってほしい」

 

井上さんは涙ながらに、じゃがいもとそのきょうだい、計5頭の子犬を山口さんに託した。山口さんがインターネットで新しい飼い主を募集するとすぐ、最初の1頭に東京からもらい手がつく。その後も順調に、名古屋、岐阜、新潟と新しい飼い主が見つかり、気付けば山口さんのもとには真っ黒な子犬だけが残った。

 

「おまえ、どうする?」

 

山口さんには夢があった。これまで5頭の災害救助犬を育てた経験はあるが、どれも血統書付きのエリート犬。いつかは雑種犬を訓練し、救助犬に育ててみたかった。

 

「救助犬の訓練は生後半年ほどから始めます。飯舘村から預かった犬たちのほとんどが成犬でしたが、この子は訓練開始にちょうどよかった。ただ、災害救助犬になるためには厳しい訓練を乗り越え、合格率約20%という試験にパスしないといけない。果たしてこの子にできるだろうかと悩みましたが……」(山口さん・以下同)

 

故郷を追われたこの子犬が、見事災害救助犬になれたなら、福島の人たちの、飯舘村の人たちの励みになるはず−−。山口さんは腹を決めた。そして’11年12月。じゃがいもの訓練が始まった。まずは煙や火、重機やサイレンの音など、災害現場で想定される状況に慣れること。臆病な犬はその環境だけで腰が引けてしまうが、じゃがいもは難なくクリアしてみせた。

 

「お、これはいけるか、と思ったんですが……」

 

試験では「待て」「座れ」などの指示にきちんと反応する「服従」、人がいることを周囲にほえて知らせる「告知」、がれきの中にいる人を探す「捜索」の3つが試される。

 

「じゃがいもは服従も、捜索もできるんですが……ほえて知らせることが大の苦手」

 

食べ物が欲しかったり、危険を察知したときなど、自分から相手に伝えたい情報があってはじめて犬はほえる。生きている人間をその場に見つけたとしても、本能的にほえる理由にはならない。

 

「人間だって悲しくもないのに『泣け』と言われると困るでしょ。そんな感じではないでしょうか」

 

試験は年に2回。じゃがいもは’12年秋からこれまで8回トライしたが、残念ながら合格には至っていない。が、山口さんは、合格を目指すいまの姿を見せることこそが、じゃがいもの使命なのかもしれないと感じている。

 

「あれから5年もたつのに、福島はとても復興しているとは言えません。うちで預かっている犬の飼い主さんはご高齢の方が多く、皆さん故郷に帰りたいと言います。その気持ちを押し殺して今日まで頑張っているんです。5年間も頑張ってきた人にこれ以上『頑張れ』と言うのはおかしいでしょ。そういう人たちに、何度落ちても頑張るじゃがいもの姿を見てもらえばいいなと思っています」

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