「スパナやドライバーなど握ったことのない私が、電動カートを作ろうと思ったのは、社会にお返しできることは何かないかと、思いめぐらしていたときです」
そう語るのは、電動カートを販売する「ぱるぱる」の代表・内山久美子さん(77)。埼玉県で文房具の卸売業を営んでいた内山さんが、電動カートの開発を手がけたのは70歳のとき。
「自宅でいすから転倒して、左ヒザを痛めてしまったんです。つえに頼ってみたり、車いすを使ってみたりしましたが、足が不自由だと、どうしても家にひきこもりがちになってしまいます。思い切って電動カートを購入してみましたが、操作が複雑。80~90歳の老人が、とっさにブレーキを引けるのだろうかと疑問に思いました。車体も重すぎて怖かったし、もう少しシニア目線の電動カートがあればいいなと思ったんです」
母の介護体験も内山さんの背中を押した。
「足腰が弱くなった母が、次第に歩けなくなり、そのまま寝たきりに。そして最後にはボケてしまった姿がいつまでも忘れられないんです。これからも高齢化が進み、老老介護などの問題も出てくるでしょう。買い物や友達と会うなど、もっと気軽に高齢者が外に出られたら、ボケることなく、元気でくらしていけるだろうと思ったのです」
技術者と協力しながら、持ち慣れない工具を手に、内山さんは試作を繰り返す日々を過ごした。
「計器類は単純化し、エネルギー残量だけわかるように。スピードダイヤル(速度調節器)も、ウサギとカメのイラストをつけてわかりやすくするなど、私がボケたらどうだろうと想定しながら。とにかくシンプルにしたかったんです。また安全面も重要。ハンドルから手を離すと自動的に停止するシステムづくりには2年近くもかかってしまいました」
電動カートが完成したのは’12年のこと。1台16万円の電動カートの売り上げは徐々に伸びており、昨年だけで200台も販売した。
「社会福祉とは無縁の世界にいた私が、諦めずに開発できたのは、母に対して、もっとやれることがあったのでは、という思いがあったから。多くの人に乗ってほしいです」