「今年の3月、AP通信が、アメリカ中西部のレストランで調理に使用しているオイルが、ゲノム編集食品であると報じました。それはミネソタに本社を置くカリクスト社製の大豆オイルで、原材料は、トランス脂肪酸の生成に関わる遺伝子を変異させて開発された大豆。現段階では業務用ですが、消費者が気づかないうちに、ゲノム編集食品が身近にあり、口にしていることに驚きました」
こう語るのは、ハーバード大学の元研究員で、ボストン在住の内科医である大西睦子さんだ。ここで注目される「ゲノム編集食品」に関して、「ゲノム編集を問う」(岩波新書)の著書もある、北海道大学安全衛生本部教授の石井哲也さんに解説してもらった。
「まずゲノムとは、生物の設計図ともいえる遺伝子情報のこと。一般的なゲノム編集を使う育種は、ゲノムを構成する遺伝子の一部を狙って変異させ、新たな効果を付与するという技術です。たとえば、筋肉の発達を抑制するミオスタチンというゲノムを変異させれば、マッチョな動物が生まれます。現在、ほとんどの作物・家畜のゲノム情報は解析がされており、30〜40%という高い確率で、狙った遺伝子に変異をもたらすことができています」
SF小説に出てきそうなゲノム編集食品は、アメリカばかりの話ではない。〈ゲノム編集食品 今夏にも流通 厚労省が了承〉(3月18日付 日本経済新聞)と報じられるほど、日本の食卓にも迫っているのだ。
それでは、どのような食品が、私たちの口に入る可能性があるのだろうか。
「すでに存在しているのは、アメリカでは、植物の細菌性の病気への耐性が強く、高いビタミンCが含まれるおおぶりのトマト、セリアック病の原因であるグルテンを少なくした小麦、中国ではストレスに強く、通常と比べ25〜31%も収穫が増える米など。アメリカの、変色せずに長持ちするマッシュルームは市場に出回る準備が整い、FDA(食品医薬品局)の承認待ちの状態です」(大西さん)
将来的に流通の可能性のある研究中の食材には、カフェインを除去したコーヒー豆や干ばつ耐性、除草剤耐性を持つ大豆などがある。
一方、日本の大学などの研究機関でも、通常の1.5倍も成長する“肉厚マダイ”や、驚いて養殖場の壁にぶつかり衝突死しない“おだやかなマグロ”、アレルギー物質を少なくした卵を産むニワトリなどの開発が進んでいるという。
「ゲノム編集技術を使えば、作物がより多く収穫できるようになり、さらに深刻になるという食料問題を解決できるかもしれません。温暖化の影響で作物の新たな病気が大流行しても、すぐに病気に強い新たな品種を作ることもできるでしょう。ゲノム編集はさまざまな問題を解決する可能性を秘めた革新的な技術ではあるのです。実際に、『クリスパー・キャス9』という最新のゲノム編集技術の考案者は、ノーベル賞受賞が間違いないといわれています」(大西さん)
夢のような新技術だが、心配なのは、その安全性だ。
「遺伝子組み換え食品は、たとえば、作物に動物や微生物などほかの生物の遺伝子を入れます。この“種の壁”を越えることに危険性を感じる人が多かったのですが、一般的なゲノム編集食品では別の生物の遺伝子を入れることはしません。自然に起こる突然変異や今までの雄と雌を掛け合わせて行う品種改良の方法とも見分けはつきにくいです。そのため、とても“自然”に見え、これを理由に安全だろうという意見も多くあります」(石井さん)