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「“無罪”という主文を聞いたときは、夫の手をギュッと握りしめて喜びました。裁判長は判決文を読み終えたあと、『この15年あまり、西山さんはざぞ辛かっただろう』と言ってくださって……。涙がこぼれました」

 

そう話すのは、無罪を訴え続けたにもかかわらず、患者を殺害した罪で懲役12年の刑を受け、服役した元看護助手、西山美香さん(40)の母・令子さん(69)だ。

 

大津地裁は3月31日、西山美香さんに再審無罪を言い渡した。検察官は4月2日、上訴権放棄を申し立てたため無罪が確定した。

 

「今回の無罪判決は想定を超える素晴らしいものでした。裁判長は判決を言い渡したあと、声を詰まらせながらこう語りかけたんです」

 

〈警察、検察、弁護人、裁判官、全ての関係者は、今回の事件を人ごとに考えず、自分のこととして考え、司法の改善に結び付けなければならない。西山さんの15年を無駄にしてはならない。この事件は今後、よりよい刑事司法を実現する原動力となるだろう〉

 

「裁判長が、こうした司法の問題に言及することは、極めて異例です。それほど西山さんの訴えが裁判長の心に響いたんでしょう」(弁護団長の井戸謙一さん)

 

事件から17年目。年老いた両親と40歳になった美香さんに、やっと訪れた春だった。

 

いったい、なぜ美香さんは、無実の罪で13年間も自由を奪われることになったのか。井戸弁護士は、こう説明する。

 

「03年5月22日未明。美香さん(当時23歳)が勤めていた湖東記念病院(滋賀県東近江町)に入院中の男性患者(当時72歳)が心肺停止の状態で発見されました。滋賀県警は当初、患者がつけていた人口呼吸器のチューブが外れてアラームが鳴ったのに、当直だった看護師が業務を怠って死亡させたとして、業務上過失致死の疑いで捜査していたんです。その過程で、担当刑事は看護助手をしていた美香さんを任意で何度も呼び、『アラームは鳴っていたはずだ』と、取り調べで問い詰めました。美香さんは『鳴っていない』と答えていましたが、何度も訊かれるうちに『鳴っていた』と供述を変えてしまったんです」

 

捜査方針に沿う供述をしたとたん、優しくなった若い刑事に、美香さんは好意を寄せてしまう。

 

「再審請求する過程でわかったことですが、美香さんは軽度の知的障害と発達障害があり、人に迎合しやすい性質がありました。刑事の意に沿う供述をすると優しくしてもらえるので、美香さんはコロコロと供述を変えて、最後には『自分がチューブを抜いた』と、嘘の自白をしてしまったんです」(井戸弁護士)

 

美香さんは公判中、一貫して無罪を訴えたが、07年9月に懲役12年の刑が確定。父母は署名を集めて再審を求めたが棄却される。なんとしても娘の無実を証明しようと、両親が、美加さん服役中の12年夏に依頼したのが井戸弁護士だった。美香さんは18年8月、刑期満了で出所。

 

井戸弁護士は、「そもそも患者は、自然死した可能性が高い」という医師の新証拠を提出し、第二次再審請求を行う。そして18年12月、ようやく再審を勝ち取ったのだ。

 

「再審公判前には、〈患者は、たん詰まりで死亡した可能性がある〉という医師の所見を示す捜査報告書があることがわかりました。県警は、自分たちの都合が悪い証拠は地検に提出していなかったんです」

 

そもそも、こうした証拠が提出されていれば、美香さんは起訴すらされなかった可能性が高い。

 

裁判長は、このような杜撰な捜査に対し、こう警鐘を鳴らした。

 

〈西山さんは、虚偽の自白を後悔し、気に病んでいるかもしれません。しかし、嘘をついたことが非難されるべきではなく、問われるべきは捜査手続きのあり方です〉

 

井戸弁護士は、今回の判決の意義をこう説明する。

 

「美香さんは、刑事に脅されて自白したわけではありません。しかし、そういう違法な取り調べではなくても、刑事が彼女の恋心や、迎合しやすいという性質を利用して供述を誘導したことを認め、彼女の自白は任意にされたものではない疑いがあるとして証拠から排除した点が大きい。これを機に、美香さんのような障害を抱える“供述弱者”の取り調べには、弁護士の立ち合いを認めるなど改革が進む可能性があります」

 

美香さんと両親の15年におよぶ長い戦いは、司法を動かす大きな一歩となったことは間違いない。美香さんは現在、リサイクルの工場で働きながら、冤罪被害者を支援する活動にも力を入れている。

 

母の令子さんは、記者の電話取材に対して、最後にこう言って声を弾ませた。

 

「今日は自宅でお祝いします。あの子が好きな唐揚げとカレイの煮付けを作ったんです。私が作る料理を、美味しい、美味しいと食べてくれるから嬉しくて。これからは、あの子が思うような仕事をして、素直に生きてくれたらそれが一番です」

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