■同世代の多くの人にサーフィンの面白さを広めたい。自分だってやれてるんだから
厳しい家計に、痛む体。激動の子育て生活をおくり、やっと還暦を迎えたころ、笈川さんは海を求めるようになったという。ちょうど痛みが改善したタイミング。笈川さんはサーフィンの夢ばかり見るようになっていたのだ。
「波に乗ってる夢も見ましたけど、多くはね、あちこち波のある海岸を探したり、沖で波待ちしていたり。そうそう、昔よく通ったサーフショップに行きたいのに、場所がわからなくなってる夢も。だからね、私、ずっとサーフィンやりたかったんだなって、そう思って」
68歳の夏。偶然、湘南を通りかかった笈川さんは、思い切ってゴッデスのショップに立ち寄った。
「そこで、社長の顔を見たり、並んでる板やウエットスーツを眺めてたら、やっぱり私、また波に乗りたい、そう思ったんです」
サーフィン再開後、笈川さんは初心者向けスクールに入って、常に若い男性スタッフに近くについてもらいながら海に入っている。
「サーフィンってね、ほんの数カ月、やってないだけで感覚がなくなっちゃうものなの。私なんて四十数年ぶりでしょ。だから、とにかくゼロからまた出直そうと」
やはり、戸惑うことも多かった。
「最初なんか、板の上にうつぶせに寝ることすらできないの。ほら、昔と違って体形が変わっちゃってあちこちポコポコ出ちゃってるからね(笑)。それでもね、再開して2回目かな『よっこらしょ』って感じでしたけど、なんとか立てて。そうしたらやっぱりね、気持ちよかったんですよ」
以前は毎週、真冬でも海に入ったが、いまは月1~2回、湘南に。心配してか毎回、必ず長男が付き添ってくれる。
「だいぶ感覚は戻ってきた。立つことができれば、波に乗るバランス感覚には自信あるの」
いまの夢は、かつて通った上級者向けのポイント、シンガの波にもう一度、乗ることだ。
「来年あたり挑戦できそう。だから夢というよりは目標ね。それと、私と同世代の1人でも多くの人に、サーフィンの面白さを広めたい。だって私がやれてるんだから。高齢者だって全然できる。それにね、71歳のおばあちゃんが、孫みたいな人たちと一緒にできることって、ほかにあんまりないでしょ」
こう言って笑った笈川さんは、最後にこう言い添えた。
「あのとき、プロ目指してサーフィンを続けなかったことの後悔は、ないとは言えない。でも、あそこで結婚を選んだから最愛の子供たちと出会えた。猿若の踊りにめぐり合って体を鍛えたおかげで、この年でも波乗りが楽しめる。だからね、海に戻るまでの歳月も、決して無駄足なんかじゃなかったと、いまではそう思えるんですよ」
晴れやかな顔でそう言い残すと、最高齢の女性サーファーはもう一度、波を求め海に向かった。