■ビッグウェーブに年齢は関係ない。夢にまで見た海に戻ってきた。
それでも60代を迎えるころになると、膝や腰に痛みを覚えるように。そこで笈川さんは、67歳のころから健康維持のため、ずっと踊り続けるため、長男にすすめられたスポーツサイクルに挑戦した。
「最初は転んでばかり。でも、だんだん乗れるようになって楽しくなってきて。すると、どうしても気になるものが出てきちゃって」
じつは、もうその何年も前から、笈川さんはサーフィンの夢ばかり見るようになっていたのだ。
「波に乗ってる夢も見ましたけど、多くはね、あちこち波のある海岸を探したり、沖で波待ちしていたり。そうそう、昔よく通ったサーフショップに行きたいのに、場所がわからなくなってる夢も。だからね、私、ずっとサーフィンやりたかったんだなって、そう思って」
68歳の夏。偶然、湘南を通りかかった笈川さんは、思い切ってゴッデスのショップに立ち寄った。
「そこで、社長の顔を見たり、並んでる板やウエットスーツを眺めてたら、やっぱり私、また波に乗りたい、そう思ったんです」
鈴木さんはこう言った。
「70歳を過ぎてサーフィンをやってる男性は、僕のほかに何人もいます。でも、女性は見たことない。笈川さんが最高齢女性サーファー? それは間違いないよ」
日本のサーフィン文化の礎を築いた第一人者からこう言われて、笈川さんは照れ笑いを浮かべていた。キャップからのぞくぬれた髪には、白いものも目立つ。
「年寄りの冷や水だって笑われちゃうんだけどね。でも、やっぱり波の上で板に立って、その板が海面を滑り始める、その瞬間の気持ちよさっていったらもう……、やめられなくなっちゃうのよ(笑)」
こう言って笑った笈川さんは、最後にこう言い添えた。
「あのとき、プロ目指してサーフィンを続けなかったことの後悔は、ないとは言えない。でも、あそこで結婚を選んだから最愛の子供たちと出会えた。猿若の踊りにめぐり合って体を鍛えたおかげで、この年でも波乗りが楽しめる。だからね、海に戻るまでの歳月も、決して無駄足なんかじゃなかったと、いまではそう思えるんですよ」
晴れやかな顔でそう言い残すと、最高齢の女性サーファーはもう一度、波を求め海に向かった。