■母の顔は覚えていない「そのぶんお父さんが頑張ってくれてるから」
「お母さんのいない生活は……、もう、ぜんぜん慣れてるので。大丈夫です」
健気にこう話す鷲くん。離婚直後は数ヶ月に1度、母は面会にきたというが。謙さんが当時を振り返る。
「やっぱり息子はママに懐いていなかったし、抱っこも嫌がって。離れて見守っていると、ちょっとしたことですぐにこちらへ『パパー!』と走り寄ってくるんです。そんな僕らの様子を見て彼女もやっぱり引け目を感じたんじゃないですか。鷲が2歳になるころ、『もう会わなくていいかな』って連絡がきて。以来、一度も会ってません。連絡も来なくなりました」
鷲くんは「もう顔も覚えてないし。だから、寂しいとも思いません」とつぶやき、端正な顔にもう1度、笑みを浮かべてみせた。
「そのぶん、お父さんが頑張ってくれてるから」
息子の言葉を横で聞いていた父。照れ隠しなのか「でも、最近は反抗期だよな」と言葉を継いだ。
「中学生になって、だいぶ賢くなっちゃって。僕の言うことにも、もう、いちいち口答えするように(苦笑)」
父子2人の暮らしが始まって以来、炊事はじめ家事全般はずっと謙さんが担ってきた。
「お父さんの作るごはんでいちばん好きなのは……、ステーキとかかな。でも、いつもだいたい同じやつしか出てこないから」
鷲くんがこう言って微笑むと、謙さんは「おいおい!」と大袈裟にツッコミを入れる。
「10種類ぐらいしかないレパートリーを繰り返してる感じなんでね。でも、どこの家のママたちだって、きっとそんなもんだと思うよ(笑)。じゃ、今日は外にごはん、食べ行くか?」
父の言葉に、今度は食べ盛りの息子が即座に反応した。
「うん、焼肉がいい! じゃなかったらピザ!」
今日いちばんの、無邪気な笑顔をみせた息子。その頭を、同じく満面の笑みを浮かべた父は愛おしそうに、撫でるのだった。