2月18日に発足した第二次高市内閣。先の衆院選で獲得した圧倒的な議席数という民意を推進力に、高市早苗首相(64)肝入りの“国論を二分する政策”の実現に向けて動き出したが、早々にある問題が波紋を広げている。
それは、2月22日に迎えた「竹島の日」における式典への“閣僚派遣見送り”問題だ。
’05年に竹島の日が島根県の条例で制定されて以降、歴代の政権は松江市で開催される式典に閣僚ではなく、内閣府政務官を派遣する形にとどめてきた。閣僚派遣は長年、開催側の悲願であり、高市氏自身も自民党総裁選直前の昨年9月、ネット番組で並々ならぬ思いを語っていた。
「竹島の日、(記念式典に)堂々と大臣が出て行ったらいいじゃないですか。顔色を伺う必要はない」
その後、高市氏は総裁選を制し、政府の長である首相になり、“公約”を実現するかと思われたが、2月18日に高市氏が閣僚派遣を見送る方針であることが報じられ、結局は政府関係者として古川直季内閣府政務官(57)が出席。いっぽう、自民党からは初めて党三役として有村治子総務会長(55)も出席したのだが……。
古川氏がスピーチ台に立つやいなや、客席からこんなヤジが飛んだ。
「なんで大臣いないんだよ!」
「恥を知れ!」
「“堂々と大臣が出て行ったらいいじゃないですか”って言ったのは、どこのどいつだ!」
さらに、有村氏が立った際も同様の指摘が起こった。
「有村先生好きですけど、高市さんが言ったんじゃないんですか?“大臣が出て行ったらいいじゃないですか”って。頼みますよ!」
古川氏も有村氏も、「竹島は歴史的にも国際法上でも明白に日本の領土」「韓国の不法占拠は容認すべきではない」というスタンスを一貫させてはいたが、高市氏が宣言していただけにやはり”閣僚不在”の失望感は大きかったようだ。
「高市氏は就任後、韓国に対して融和的な路線を取っており、1月にも日本で行った首脳会談でも友好的な関係を印象付けたばかり。加えて、日中関係が難しい局面に立たされているいま、今後も隣国・韓国とのパートナーシップを強化することは重要ですし、同国への配慮として閣僚派遣を見送ったのだとすれば、極めて理性的な判断ではないでしょうか。
とはいえ、島根県、式典関係者の失望も察するに余りあります。勝手に期待したわけではなく、現に高市氏が“閣僚が堂々と出ていけばいい”と言い切っていたわけですから。高市氏の判断に正当性があったとしても、現行不一致の指摘を免れることができるわけではありません。
また、中には有村氏が“閣僚2人分に相当する”として擁護する向きもあるようですが、あくまで自民党の要職であり、政府を代表する立場ではありません。党三役は重要な役割であり、その肩書を持った関係者が出席したことは進展と捉えることはできるのでしょうが、党役員と閣僚(国務大臣)とでは、そもそも対外的な役割、性質も異なります」(政治部記者)
実際、Xでは有村氏の出席で“十分”だとして、以下のような声が上がった。
《有村さんが、ご出席されるのであれば、内閣でいえば、「大臣級」なので、早苗総理が、おっしゃっていたことは、十分に守られたと、解釈しております》
《閣僚2人分とも言われる重要幹部である自民党総務会長の有村さんが出席した意味が重要》
《勉強している人なら有村さんが来た意味が分かる。高市総理が来なかったのは残念ですけど、最大限の無言メッセージを受け取った》
いっぽう、高市氏が総裁選前に述べていた強気な主張に触れ、以下のように閣僚見送りの判断を批判する声も上がっていた。
《高市さん、話が違うじゃないですか!!昨年の総裁選では「竹島の日、堂々と大臣が出て行ったらいいじゃないですか。それは顔色をうかがう必要はない」でしたよね》
《高市首相は総裁選では「大臣を出席させればいい」と発言していた。首相になって意見が変わる、見損なった》
《知らんがな自民党三役とか高市早苗が自民党総裁選で、韓国の顔色をうかがわずに大臣を派遣すればいいと言った。約束守れよ》
高市氏といえば、’24年の総裁選に際し、首相就任後も靖国神社に参拝する旨を述べながらも、’25年の総裁選を制すと、その方針を撤回。当時からこの経緯に否定的だった橋下徹元大阪府知事(56)は2月22日にXを更新し、今回の閣僚派遣見送りを巡っても、こう痛烈批判。
《高市さんは総裁選で「韓国に配慮する必要はない。閣僚を出席させる」と明言。しかし総理になればできない。高市さん大応援団の口だけ番長主張はこれで終了》
続く投稿でも、《首相の靖国参拝も竹島の日の閣僚出席も、「できないことはできない」と認めるのが誠実な政治。 ここをやるやる詐欺をする高市さんはダメ。 高市大応援団もダンマリ。 あの威勢の良さはなんやったん?》と不満をぶちまけ、高市氏の“ブレ”について深刻な懸念をこう表明した。
《威勢の良い口だけ番長支持者からの批判を恐れて、できないことをやるやると言い続ける、やるやる詐欺政治は、武力衝突ギリギリの判断において口だけ番長をやってしまい、国民に大犠牲を強いる。 日本の先の大戦がそれ》
