柄本明、佐藤B作、笹野高史、日本演劇界を支える名優3人。揃って63歳の同級生で、同じ劇団『自由劇場』の出身だ。さらに「息子もみんな俳優」と共通点だらけの盟友が顔を合わせ、出合った当時について笑いながら暴露してくれた。

笹野:最初にB作を見たのは何かの打ち上げのとき。「あいつが入団試験に落ちたのに、なぜか入っている佐藤だ」と教えられたんだよ。最初から有名だったね。

佐藤:アハハ、そうだっけ? あのころのお前は、舞台監督をやっていたイメージしかないなぁ。えもっちゃんと一緒にやったのはいつだっけ?

柄本:やってないよ。自由劇場の公演じゃ、役者としては一緒にやってない。一緒だったのは、俺が大道具をやってたとき。

笹野:大道具のときから、えもっちゃんは印象が強かったから。でもぜんぜん変わらないね。40年前、白いつなぎ着て大道具やってたときのまんま。これほど印象が変わらない人、珍しいよ。

佐藤:その昔、えもっちゃんが恋に悩む姿が俺は忘れられないよ。思い詰めた表情で電車から外なんか見つめちゃってさ、死にそうな顔してんだ。こいつがこんなに恋のことで悩むのか!ってさ。今じゃ絶対考えられないけど。

笹野:2人とも、モテてたよね。

佐藤:お前は飲まないから行かなかったけど、稽古が終わると安い飲み屋で有り金、全部飲んで、あとは金持ちの女を見つけてはたかって飲むという(笑)。大事なのは笑いを取ること。笑いを取るといちばん綺麗な女をゲットできたんだ。口説くためなら何でもしたさ。

柄本:女優をとっかえひっかえしてたよなぁ。三角関係もしてただろ。

佐藤:(笑)愛した人の名前は、みんな覚えてますよ!

こんなハチャメチャな時代を経て、笹野は23歳で”役者宣言”。佐藤は24歳で「劇団 トウキョウボードビルショー」を立ち上げ自由劇場を退団。柄本も28歳で退団し「劇団 東京乾電池」を旗揚げしたのだった。

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