『六代目桂文枝』襲名から1年。落語への飽くなき追求を続ける彼の目に、今の「テレビの笑い」は、あまりに空虚で殺伐としているように映るという。“笑いの大御所”は、あえて言う。「そんな番組は見るな」とーー。

「昨年の7月16日、69歳の誕生日に『六代目桂文枝』を襲名して間もなく1年になります。襲名披露は来年の春まで続きますけれど、この1年間で、北は北海道、南は沖縄、さらに、昨年の12月にはパリでも2日間襲名披露公演を行いました。フランスの方たちから『落語は単なるお笑いではなくアートだ』と評価していただき大変うれしかったですね」(桂文枝・以下同)

 今月16日には、大阪の『なんばグランド花月』で襲名1周年記念公演が行われる。そこで新作の創作落語二席が披露されるという。ひとつは『嵐を呼ぶ男~石原裕次郎物語』。裕次郎のヒット曲を通し、彼の人となりを検証していくという噺だ。

「一例を挙げると、裕次郎さんは大スターであったにもかかわらず大変謙虚で、礼儀正しい方で、♪夜霧よ今夜もありがとうーーと、夜霧にまでお礼を言う(笑)。もう一席は『友よ』。こちらは、75歳になった男の友達同士が『いつまでも友達でいような』と言いながら、人生を振り返り、これからを語り合う。高齢化社会に向けて、いかに友達が大切か、ということを落語にしました」

 これからの日本は、少子高齢社会で活気がなくなっていくような気がする。だからこそ若い世代に頑張ってほしいが、彼から見ると、頑張っているのだろうが、どうも物足りない気がするという。

「昔の人に比べると志が低いというか、自分でラインを引いて『できなかったらしゃあないな』みたいなところがあるように見受けられる。そうではなく、大所高所に立って、自分のためではなく『人のため、お国のために頑張ろう』という気概を持ってもらいたいと思うんですね」

 昨今の日本人には、「日本人の美徳」とされてきた“情”が希薄になっていると感じるという。人間関係のみならず、すべてにおいて一番大切なのは“情”であると彼は思う。落語でも笑わすことはいくらでもできる。しかし、そこに“情”があれば笑いに深みが出るが、情の部分を全部切り捨ててしまえば、空虚なものしか残らないという。

「昨今のテレビ局とお笑い芸人の関係にも、情の希薄さを感じますね。テレビ局は、芸人に対して“情のないこと”をしていると思うんです。どの局も、次から次へおもしろい人間を探してきて、バーッと使って、ひと通り使ったら『もうええな』という感じですから……。だから、使われるほうも注目されようと刹那的というか、“一発芸”的なギャグを一生懸命考える。“笑い”とはそうではなく、積み重ねでないと、本当にいいものはできないんですよ」

 彼がやっている創作落語にしても、最初からいいものはできない。何度も何度もネタを振り、稽古をし、舞台にかけてようやくいいものができる。しかし、今の世の中は、それまで待ってはくれない。だから、ついつい刹那的な芸に走ってしまう。今の若い芸人には、そういう気の毒な面もあるという。

「最近の“笑い”を見ていると、芸人が“切り売り”をしているような傾向があるように思います。わかりやすく言うと、芸人同士が相手の失敗や欠点を暴露し合い、他人をバカにすることで笑いを取っている。しかも、バカにされたほうも、バカにされることが人気の証しと思って喜んだり、得意になっている。それによって一時的には人気を得ることができるかもしれませんが、“切り売り”には限りがありますから。同じ話が続けば飽きられて『もうええな』となってしまう」

 こういう状況を打開するひとつの方法は、視聴者の方がもっとレベルアップすることだと、彼は言う。

「暴露し合って他人をバカにするような番組は『おもろないから見ない』言うて見なければ視聴率が取れなくなる。そうすれば、テレビ局は考えるし、芸人も、芸人として生きていくにはどうしたらいいか考えることになりますから。今の芸人は『何をしてもいいから売れたい』と。なかには『バラエティ番組の“ひな壇”にできるだけ長く座っていたい』みたいな芸人も見受けられる。時間はかかるかもしれないけれど、一生懸命芸を磨いて認めてもらう。これが、芸人本来の姿ではないかと、私は思いますけれど……」

 7月16日に70歳を迎える文枝師匠に、改めて「これから」を聞いてみたーー。

「60代はチャレンジの時代と考え、70代はゆっくりしようと思っていたんですけれど、先日、史上最高齢の80歳でエベレストの登頂に成功した冒険家・三浦雄一郎さんを見て考えを改めました。私はエベレストには登れないけれど、“高座”にはあがることができる。高座の高さは35~40センチぐらいですけど、そこで落語家としての最高峰を目指したい。そのためには、できる限り高座にあがり続けて、落語を広めていきたいし、落語界の次なるリーダーを育てていきたい。これが私の使命でもあると思っています」

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