「昨年の7月17日にソロコンサートが前人未到の4千回に達し、10月25日でデビュー40年になりました。僕は22歳でミリオンヒットを作っていただいたこともあって、自分では“早咲き”だと思っていたんです。ところが、60(歳)を過ぎても、毎回おおぜいの方がコンサートに来てくださって、しかも、若いころより、今のほうが僕が伝えたいことが伝わっている」
そう語るのは、昨年10月で歌手生活40年を迎えた、さだまさしさん(61)。快挙の陰でさださんは、その意外な胸中を明かしてくれた。
「デビューしてしばらくは、若造というだけで普通に言う言葉も伝わらなかったり、売れたことで嫉妬されたり、誤解されたり、悪口もずいぶん言われました。でも、『スタンスがぶれなければ、必ず受け入れられるときがくる』と信じてずっとやってきた。これは僕の誇りのひとつですけど、軸足がぶれなかったことで徐々に僕を信用してくださる方が増えてきたんだと思う」
さださんは’52年4月10日生まれで、長崎県長崎市出身。’73年、フォークデュオ『グレープ』でデビュー。’74年、デビュー2作目の『精霊流し』がミリオンセラーになり一躍注目を浴びた。その後、ソロ歌手に転じて、数多くのヒット曲を世に送り出し、現在に至っている。
「40年の歌手生活を四字熟語で言うと『空前絶後』。『もう一度やれ』と言われたら、断ります。二度とやりたくない。それくらいしんどかったですね。いろいろあって。たとえば、会って、話をして『さだは暗い』と言われるぶんには『まあ、しょうがないな』と思うけど、会ったこともない人に『さだの歌は暗い』と言われると、『暗くない歌もありますよ』と言いたくなるし、“暗い”という言葉が単純に『好きか、嫌いか』の言い訳にされていた時代があったんです」
嫌いなら『嫌い』とはっきり言ってくれたほうがわかりやすいと、さださんは言う。『さだが嫌いだ』と言われれば、『どうもすみません』と謝ることができるが、『さだは暗い』と言われると、『どこが?』と言いたくなるそうだ。
「思うに、“暗い”というのはエネルギーが充満している状態で、それがバーンと弾ける状況が“明るい”なんです。だから、弾けている最中に何かが生まれることは絶対にありえない。暗さのなかでしかものは作れないし、ものを作っているときは確かに暗いです。自分と格闘していますから。今書いている小説『ラストレター』(週刊朝日で連載中)は、ときどき自分で噴き出しながら書いていますけど(笑)」