「ひとりでコツコツ描いていく漫画と違い、映画は大勢のスタッフと一緒の作業。しかも今回は『これで恐怖映画ができるの?』と不安になってしまうほど和気あいあいとした撮影現場でした」

 漫画にとどまらず、歌手、俳優、タレントと多彩な才能を発揮する楳図かずお(78)。彼の作品は数多く映像化されているが、楳図自身がメガホンをとったのは、現在公開中の『マザー』が初めてだ。喜寿にして、華々しく監督デビューを飾った。

「いつかは映画を撮りたいと思っていたんですが、なかなかチャンスがなかっただけですね。とはいえ、監督といってもスタッフはベテランぞろいだから、みなさんに任せていれば自然にできてしまうというか。僕は方向性がずれないように気を配りながら、絵コンテを描いて世界観を伝えただけですよ」

 映画は、楳図作品の創造に影響を与えた実母との思い出を掘り下げた自伝的ストーリー。死んだはずの母親の情念が怪奇現象を巻き起こすホラー映画だが、“母親の存在とは?”“愛情とは?”と、見る者の心になんらかのひっかかりを残す。

「僕の母親はごく普通の人でしたが、彼女の過去を聞いたこともなければ、ふだんどんなことを考えていたのかもわかりません。親子という密接な関係だからこそ踏み込めない距離感もあります。それでも母親は、歴然と自分の上に輝き続けているもので、僕がわからない世界の謎も抱えた存在。そんな特別な存在をテーマにしたかったんです」

 主役の楳図かずお役には片岡愛之助。楳図と怪奇現象に立ち向かう編集者を元宝塚歌劇団の舞羽美海(まいはねみみ)が熱演。楳図の母親は真行寺君枝が演じた。

「愛之助さんも赤白ボーダーのシャツがシャツが似合っていましたが、実はあのボーダーの幅は、彼の気持ちの変化によって広くなったり、細くなったりします。そんな細かい仕掛けも楽しんでほしいです」

 人の心を踊らせたい――。漫画家として歩きだした60年前から、78歳の新人監督となった今も、楳図の思いはまったく変わらない。

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