「生まれたのは、大正9(1920)年の8月20日。さる年ですよ。“サル知恵に悪知恵”だって、自分で自覚してるからねぇ、私は(笑)」
御年94歳とは思えぬハリのある大きな笑い声が、歌舞伎座の楽屋に響いた。
中村小山三(こさんざ)。名門・中村屋の重鎮で、十七代目、十八代目、2人の中村勘三郎に仕えた現役最古参の歌舞伎俳優だ。4歳で中村米吉(後の十七代目勘三郎)に入門。以来90年間、女形として歌舞伎一筋に生きてきた。つい先日、楽日を迎えた歌舞伎座の1月公演にも出演している。
長く続ける秘訣は?と尋ねると「そういう質問がいちばん難しいのよ」と、また大声で笑った。
「なんせ、子供時分はよくわからないでやってましたし、わかってきたころには戦争にぶつかってるし。別にやめようと思ったこともないし、今さら別の仕事に就くこともできないでしょ。そういうわけで、気がついたら90年ですよ(笑)」
今夏には、芸歴最長役者としてギネスブックに載る可能性もある。ところが、当の本人は「何、ギネス?知らない、全然」と、素っ気ない。では、今の夢とは何なのか。
「夢?そんなもの、舞台に出ることよ。丈夫で元気で、舞台に出続けること。っていうより、今さらこの年になれば、夢なんて見たってしょうがないでしょ(笑)」
十八代目勘三郎最後の舞台では、口上で共演していた。
「私は出る役がないんで、口上に一緒に出て挨拶しなさいって。私、口上でしゃべるの初めて。何をしゃべったらいいかわからなかったら、ちゃんと台本をこしらえてくれて。私の芸歴をしゃべるわけです。それが最後の置き土産みたいなもんでしたね、勘三郎の。今になって思えばね」