1月23日は、小林カツ代さん(享年76)の命日。05年にくも膜下出血で倒れ療養生活を続けていたが、多臓器不全のためこの世を去った。あれから丸1年。夕方17時ごろ、東京都下のカツ代さん宅を訪れた車いすの一行が。車いすに座っていたのは、カツ代さんの長男で料理研究家のケンタロウ(42)。それを押していたのは、妻でフードスタイリストの大谷マキさん(41)だ。かたわらには、付き添いの女性の姿もあった。
ケンタロウといえば、12年2月4日のバイク転倒事故で病院へ緊急搬送。幸い一命は取り留めたものの、重い障害を負うことに。その後は妻のマキさんと二人三脚でリハビリに励んでいたが、3年が経っても復帰の声は聞こえてこなかった。
「事故後のケンタロウさんは記憶や感情表現に支障をきたす高次脳機能障害に加え、両手足の麻痺のため寝たきり状態。言葉もほぼ発することができず、食事も鼻からチューブで取っていました。しかしマキさんの献身サポートを受け、ケンタロウさんも必死にリハビリを続けた。結果、1年後には介護スタッフに支えながら少しだけ歩けるように。直接栄養を送り込む穴をあける“胃ろう”手術も受け、昨年6月に退院したのです」(夫妻の知人)
昨年5月に本誌が『ケンタロウ 歩いた!妻が決意した「6月退院と自宅介護」』で報じた際も、ケンタロウはストレッチャーにベルトで固定され寝たきりの状態だった。だが、この日の彼は車いす。青いダウンの風よけを全身にかけ、ニットキャップにマスク姿で、かろうじて見える目元には光が戻っている。姉に招かれ実家に入るマキさんも笑顔だった。
「マキさんがケンタロウさんの介護をしているように、彼のお姉さんも母・カツ代さんを介護してきた。2人の間には強い連帯感が生まれているようです」(前出・夫婦の知人)
事故直後、「退院の際はお祝いにケンタロウさんの好きな料理を作ってあげますか?」と聞く記者に、彼女は「彼のほうが料理はずっと上手なので、私が作ってほしいくらいです。いつもお正月に会って、ご飯を作ってくれるんです。今年はすき焼きを作ってくれて、ものすごくおいしかったんです。退院のお祝いも、すき焼き?そうですね」と答えていた。
実際、母の一周忌は待ち焦がれた家族での晩餐会となったようだ。19時ごろに近所のスーパーへ向かった姉は、携帯電話を片手に調理酒や野菜など購入。自宅には知人たちも駆けつけ、カツ代さんを偲ぶ宴は日が変わる直前まで続いた。自宅から出てくると少し離れたコインパーキングまで談笑しながら歩く一向。途中、車いすのケンタロウを囲んで笑い声が漏れた。その声はきっと、天国のカツ代さんにも届いたことだろうーー。