「『あさが来た』でディーン・フジオカが好演している五代友厚の出番が1月中で終了するみたいです。五代が書斎で砂時計をひっくり返すシーンは、残りの人生が短いことを暗示させましたが、どうやら史実に合わせて病死してしまうようです」(テレビ誌記者)
明治、大正を代表する女性実業家・広岡浅子をモデルにして、主人公あさ(波瑠)の人生を描いた連続テレビ小説『あさが来た』(NHK)も、いよいよ後半戦に突入。この人気急上昇中の“五代さま”の死は、後半戦最初の見どころになるかもしれない。
『五代友厚−蒼海を越えた異端児』(潮出版)の著書である高橋直樹さんが史実をもとに解説してくれた。
「五代は1885年9月25日、糖尿病で亡くなりました。50歳という若さです。『おいの体には筋金が入っちょる』というのが口癖で、頑丈さには自信を持っていたようで、実際に死ぬ間際まで精力的に仕事をしていたんですね。五代の死には、彼の酒豪ぶりも関係していると思います」
20代のとき、船員として外国船に潜り込み上海に渡った。
「外国人の屈強な船員と渡り合うには、腕っぷしの強さともう一つ、酌み交わす酒も強くなければなりません。五代が外国人と“酒の飲み比べ”をしたエピソードもあります。シャンパンが好きで、ワイン、ビール、ブランデーと英国留学時代に洋酒の味を覚え、帰国後も毎日のように酒を飲んでいた。外国人を招いての晩餐会やパーティに出席する機会も多く、料亭通いも好んだようです。激務に加え、こうした長年の無理が死期を早めたのでしょう」
実は、ヒロインのモデルとなった広岡浅子と五代友厚の関係を示す資料はなく、出会いのシーンは創作のようだが、「あさ」にひそかに心を寄せ、何かあればさっと手を差し伸べるあの紳士なキャラは“実在”したのだろうか?
「じつは仲間内でも有名なプレイボーイだったそうです。遊郭にもよく出入りをしていました。長崎の丸山遊郭で偶然居合わせた大隈重信と激しい口論になったことがあって……。どうやら大隈のお気に入りの女性を五代が横取りしようとしたようです(笑)」
ちなみに五代が愛した女性たちはみな、目のぱっちりした二重まぶたで、まさしく“あさの顔”がタイプだったそうだ。