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「写真はなるべくピンボケでお願いしますね」

 

ちゃめっ気たっぷりにそう言ってピアニストの中村紘子さん(71)はほほ笑んだ。本誌が前回、中村さんに「がんとの向き合い方」の取材したのは昨年6月22日のことだった。当時は、抗がん剤の副作用を緩和するステロイドでむくみが出て、少しふっくらしていた顔も、今ではシャープに引き締まっている。

 

中村さんは、’14年2月、腸閉塞の手術の際に、ポリープとステージIIの大腸がんが見つかった。以後、抗がん剤や食事療法、ラジウム岩盤浴治療などの民間療法も試した。翌’15年2月から、がん研有明病院で抗がん剤治療を受けながら、3月にはステージに復帰。公演回数は減らしたものの、演奏活動を続け、昨年6月、記者会見を開いて、自身のがん闘病を報告した。

 

当時の本誌の取材時も、中村さんはこれまでどおりの明るさで、ビックリするほどエネルギッシュだった。ところが、中村さんは、8月末から再び、大腸がんの治療に専念するため、長期療養に入ることになる−−。

 

中村さんが、電撃復帰したのは4月30日。復帰コンサートではこうコメントしていた。

 

「やはり、ここ(舞台)が私の生きる場所だなと感じました。今日は、ただ、ひたすら楽しく弾ければいいなという気持ちで、舞台に臨みました。欲のようなものがなかったことで、余計な力が入ることなく、リラックスして、音もよく響いていました」

 

そして今回、取材日の5月4日。東京交響楽団第1回八王子定期演奏会での演奏を終え、控室に戻ったばかりの中村さんは疲れも見せず、表情は穏やかだった。

 

「今日のモーツァルトですが、いままではあんなふうには弾けなかったんです。元気なときは、もっとギャンギャンに練習して、本番になるとコチコチになって、指が動かないなんてこともありました。

 

ところが、ベストのときと比べたら雲泥の差があるいまの体調では、逆に、欲をかかなくなるんですね。無欲でできる。それが、肩の力の抜けた演奏になったのだろうと思います。

 

高望みせず、自分ができることを無欲でできるというのが、がんになってよかったことかもしれません。公演で緊張しないなんて、ピアニストとしての生活のなかで初めての経験です(笑)」

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