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「『宙乗り』では万全の安全対策をおこなっています。専用のX線機器を使って、ワイヤーに破損がないかをチェックします。さらに本番で飛ぶ役者が釣り上げられる前に、スタッフや門下の役者が実際に試しています。今回は成田屋門下の市川升一さんと、市川福之助くんが試したようですね」(歌舞伎関係者)

 

史上最年少で親子宙乗りに挑んだ勸玄くん(4)。「七月大歌舞伎」の初日となった7月3日、父・市川海老蔵(39)の腕に抱かれて、勸玄くんは見事に東京・歌舞伎座の宙を舞った。

 

「いくら父親に抱かれているとはいえ、地上10メートルの高さに釣り上げられるのは。4歳の勸玄くんにとって恐ろしいことだったと思います。でも、表情は固かったものの、観客に手を振る余裕までありました。さすが、未来の團十郎。初宙乗りは大成功といって、よかったのではないでしょうか」(歌舞伎関係者)

 

今でこそ、当たり前のようにおこなわれている宙乗り。だが、一時は邪道といわれた時期もあった。

 

「宙乗りはもともと江戸時代からおこなわれていました。その当時は縄で役者を釣り上げる原始的なもので、事故も多かったそうです。明治期に歌舞伎が日本の伝統芸能として認められるにつれて、宙乗りは“曲芸”などといわれて廃れてしまいます。現代の歌舞伎に宙乗りを復活させた最大の功労者は二代目市川猿翁(77)です。猿之助時代の1968年、『義経千本桜』に宙乗りの演出を加えて、大人気となりました。歌舞伎界からは邪道だとか、サーカスだ、などの批判も出ましたが、あまりの人気を無視できず、他の役者も取り入れるようになりました」(前出・歌舞伎関係者)

 

一方で、華やかな演出に頼らず、“芸”を磨くべきだという声は根強い。海老蔵の父・十二代目市川團十郎さん(享年66)は、自著のなかで「電気の力を借りて現実に体を浮かせる方法より、自分のエネルギーでみごとに表現してみせる方向を模索しなければならない」(『團十郎の歌舞伎案内』(PHP新書)より)と書いている。

 

「もちろん海老蔵さんもそれを重々承知でしょう。でも、勸玄くんはまだ役者の道を踏み出したばかりです。これから厳しい修行で芸を磨いていくことになります。今回の宙乗りで見せた“度胸”があれば、お父さまやおじいさまのような立派な役者になれるでしょう」

 

勸玄くんの歌舞伎道は始まったばかりだ。

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