9月8日、稲垣吾郎(43)、草なぎ剛(43)、香取慎吾(40)の3人がジャニーズ事務所退社の日を迎える。3人には、どんな未来が待っているのだろうか。本誌はジャニーズOBの4人にインタビューを行い、その答えを探ってみた。
まずは80年代を支えたたのきんトリオと同期だった東真司(56)。川崎麻世(54)のバックバンドを前身とするANKHでリードボーカルを務め、83年に独立した。
「事務所を辞めた途端に食べられなくなって、時給500円の弁当屋でアルバイトもしました。なかなか俳優としてのオファーがこなくて苦労したこともありましたからね」
不遇の時代を過ごした東は、これから同じ道をたどる3 人の後輩たちにこんなアドバイスを――。
「当時は“ただのアイドル”だと思われて、それぞれの個性や才能が尊重されにくい時代でした。しかしいまや俳優やバラエティー番組のMC、ニュースキャスターなど、アイドル以外のさまざまな分野で活躍している後輩がいっぱいいます。SMAP独立組の3人も、ジャニーズというブランドに頼らず、謙虚に芸を磨いていけば心配することはありませんよ」
続いて取材に応じてくれたのは、ひかる一平(53)。ひかるといえば、80年代前半に『3年B組金八先生』に生徒役として出演。その後レコードデビューも果たしたが、「俳優1本で食べていきたい」と、86年に独立を決意した。
「退社後は、僕の他にはタレントのいない制作会社に入りました。マネージャーもいなかったので、社長と一緒に頭を下げて仕事をもらいに行くことも……。役者だけでは不安になって、30歳のときには100円ショップの経営もやりました。10年後に借金が数千万円に膨らんでしまったので撤退しましたが(笑)」
東と同じく退所後は茨道が続いたが、12年に俳優養成事務所『スカイアイ・プロデュース』を設立し、成功をおさめている。SMAP独立組の3人については、自分の経験と重ねてこう語った。
「僕の場合は、20代だからこそできたチャレンジです。あのときは怖いものなしでしたが、いまはもう無理ですよ(笑)。40代になって独立の決断をした3人は、やはりすごいなと尊敬しています。これから大変なこともあると思いますが、むしろこれからは自分のペースで仕事ができるのではないでしょうか」
88年に解散したシブがき隊は本木雅弘(51)はじめ、メンバー全員が独立後も芸能活動を続けている。
「アイドルは1~2年で辞めて、父の中古車販売店を継ぐつもりでした」
本誌にそう語るのは、元・シブがき隊の布川敏和(52)。退社から約30年、現在も芸能界で活躍する布川は3人に前向きなエールを贈る。
「“ジャニーズのシブがき隊”という看板がなくなってから、気付いたこともたくさんあります。退社後は、ひとつひとつの仕事を一生懸命にやってきて、いまに至ります。3人も、この先もっと活躍していくと思いますよ」
OBインタビュー最後の1人は、90年に独立した元CHA-CHAの木野正人(48)。
「ダンスを極めるためアメリカに留学したくて、独立を決めました。最初はやはり事務所から止められましたね。でも、最後には餞別までもらって、快く送り出してもらいました」
帰国後は、東京・阿佐ヶ谷でダンス教室を開いている。そんな木野も、前出のOBたちと同じく、退社する3人の未来に思いを馳せる。
「とにかくSMAPは全員持ち味がしっかりあるから、独立しても強いですよね。1番キャラクターの活かしどころを分かっていたのは剛かなと思います。感性の鋭い慎吾は、何かアーティスティックなことをやったほうがいいんじゃないかな。ジャニーズ時代と比べたら地味な活動になってしまうかもしれませんが、それも含めて楽しんでみると良いかもしれませんね」