東京都内にある約200平米の広大な土地。そこに、白い囲いが張られていた。実は5月中旬からこの地で、中村獅童(45)の新居の工事が始まっていたのだ。

 

ここにはもともと獅童の生家があったが、昨年春に更地化して新居建設が進められるはずだった。しかし昨年5月、獅童に初期の肺腺がんが発覚。手術を行い、11月まで休業することとなった。そのため工事が1年遅れていたが、ようやく着工したようだ。

 

一部では土地と建物を合わせて2億円とも報じられていた新居。だが今回見えてきたのは、その額をさらに上回る豪華さだった。

 

「地上3階の400平米を超える大きさです。プライバシーに配慮した中庭を構え、リビングも防音に。総工費は2億5千万円近くになるでしょう。土地自体も約200平米で1億5千万円ほどの価値があるため、合計4億円の大豪邸になりそうです」(建築関係者)

 

15年に結婚した妻・沙織さん(34)との間には昨年12月に陽喜くんが誕生。そんな家族の新居に獅童は特別なオーダーをしていた。400平米のうち約80平米を占める、地下室だ。

 

「地下室は音楽の練習や歌舞伎の稽古もできる大空間になると聞きました。獅童さんはここで、陽喜くんに目いっぱい歌舞伎の練習をさせたいと考えているのではないでしょうか。中村獅童の名前が続くことは、母・陽子さんの願いでもありましたから」(歌舞伎関係者)

 

歌舞伎の名門に生まれた獅童だが、その半生は苦難の連続だった。父の初代・中村獅童こと小川三喜雄さん(享年79)は先輩役者に弟の芸をなじられたことに腹を立て、かつらを投げて役者業を廃業。獅童は8歳で初舞台を踏んだが、後ろ盾はいっさいなし。そんな獅童を支えたのが母・陽子さん(享年73)だった。

 

中学時代はロックバンドを結成するなど一時は梨園から離れたものの、19歳のときに再び歌舞伎役者としての道を志す。陽子さんは必ず舞台に駆けつけては、サポートを続けてきたという。そんな二人三脚の甲斐あって、今では誰もが認める歌舞伎役者となった獅童。しかし13年12月、陽子さんが他界。葬儀の際、獅童は涙ながらにこう語っていた。

 

「中村獅童はお袋が作った、小川陽子が作った最高傑作だった。そう言われるような役者になれるよう、頑張ります」

 

亡き最愛の母との思い出の地に建てる新居。そこに造られる地下室で獅童が息子・陽喜くんに芸を教えていく。陽子さんから獅童へ、そして獅童から陽喜くんへ。獅童という名のバトンがこれからも受け継がれていく――。だが、獅童としては複雑な親心もあるようだ。

 

「獅童さんは今のところ、地下室の用途を稽古部屋に限定しないつもりだそうです。理由は、陽喜くんに歌舞伎役者としての将来を押し付けたくないから。もちろん獅童さんの本音としては、陽喜くんには自分の跡を継いでほしいと考えています。たとえば『自分は新たな名前を作って襲名し、空いた獅童の名を陽喜くんに継がせては』なんて声もあります。しかし獅童さん自身も一度は梨園を離れていましたからね。あくまで陽喜くんが歌舞伎役者になりたいと言うまでは、地下室は親子の遊び場になるでしょう」(別の歌舞伎関係者)