住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、支えになった音楽の話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’80年代”を振り返ってみましょう――。
■『君は天然色』は日本のポップスの夏の代表曲
「大瀧詠一さんというと、若い方はドラマ『ラブジェネレーション』(’97年・フジテレビ系)の『幸せな結末』(’97年)を思い浮かべるかもしれませんが、’80年代に青春時代を過ごした人にとっては、やはりアルバム『A LONG VACATIONA』(’81年)の印象が強いのではないでしょうか」
そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(54)。
同アルバムには『君は天然色』や『カナリア諸島にて』『さらばシベリア鉄道』など、今も歌い継がれる名曲が収録されている。
「日本のポップスの冬の代表曲が山下達郎さんの『クリスマス・イブ』(’83年)なら、夏は『君は天然色』でしょう。現在まで多くのアーティストによって歌われ、CMにも何度も使われています」
また、イラストレーターの永井博氏による、真夏のプールサイドを描いたリゾート感あふれるジャケットがおしゃれでカッコよく、“ジャケット買い”した人も多かったはず。
「まさにインテリアになるデザインでした。当時を象徴するイラストレーターとして、永井さんをはじめ、わたせせいぞうさん、鈴木英人さんらの名が挙げられます」
アメリカンポップスに衝撃を受けた大瀧詠一さんは’70年、バンド「はっぴいえんど」の一員としてデビューを果たした。
「細野晴臣さん、松本隆さん、鈴木茂さんという、今思えばそうそうたる顔ぶれ。楽曲は洋楽からの影響をかなり感じさせました」
はっぴいえんど解散後もソロで音楽活動を続け、最初のヒットとなったのが太田裕美が歌った『さらばシベリア鉄道』(’80年)だ。
「’80年代は、さまざまなミュージシャンに楽曲を提供しました。松田聖子さんの『風立ちぬ』(’81年)も大瀧さんならではのリズム。森進一さんが歌った『冬のリヴィエラ』(’82年)は、演歌とポップスが融合し、新たなファン層の獲得にもつながったはずです」
意外なところでは、『オレたちひょうきん族』(’81~’89年・フジテレビ系)から生まれたコミックソング『うなずきマーチ』(’82年)の作詞・作曲を手掛けている。
一方、名曲『夢で逢えたら』(’76年)も、吉田美奈子の後、ラッツ&スター、薬師丸ひろ子など数多くのアーティストがカバー。
「’13年、大瀧さんは突然、亡くなってしまいました。葬儀に参列された方によると、会場では『夢で逢えたら』が流れていたそうです」
数々の名曲は、今でも私たちの心を揺さぶる。