■「たまたまマレーシアの土地を押さえていた」
本誌は帰国直後のGACKTに新居について直撃した。
――そもそも、どうしてマレーシアに移り住んだのですか。
「どうしてマレーシアというよりマレーシアしかないから。ボクが訪れた国は80カ国以上、350都市を超えている。ボクは昔から、常に住める場所を探して旅をしているんです。
マレーシアに住んで約10年になるけれど、KL(クアラルンプール)を超える都市がほかにないんです。世界でいちばん住みやすい。食事もおいしい。物価も安い、高速道路、インフラすべて整っている。さらに世界中の人が集まっている。そして英語がメインの言語。ボクはマレーシア人とトラブルになったことは一度もないですよ。多民族国家なのに、民族間の問題もなく社会が成り立つんだっていうパワーを感じます。
乾燥はのどにも肌にも悪いでしょう。ボクのマレーシアの家はエアコンをつけなくても26~28度。日本の人はイメージでマレーシアは湿度も温度も高いと思ってるでしょうけど、日本の初夏くらいですよ。日本の梅雨前くらいの感覚が続いている感じ。だから体調がコントロールしやすいんですよ」
――さらに豪華な新居を建てると聞きました。
「(しばしの沈黙の後)もっといい場所を見つけたから」
――ご自分で設計されるんですか?
「よく知ってるね。コロナ禍の前に、たまたまマレーシアの土地を押さえていたんですけど、もしかしたらもっといい場所がヨーロッパに見つかるかもしれないと思って保留にしてたんですよ。ヨーロッパで療養している間も新居はずっと探していたけどマレーシアに帰ったら、いかに素晴らしい国かということに改めて気づいて。
療養生活中は、ボイトレもしていましたが時間がいっぱいあって。最初は自分で“こんな家を建てようと思っている”とうちのスタッフに絵で送ったら、“これって逆から見たらどうなってるんですか?”と言われて紙に描き直したんです。それを1日やってたら、また質問されての繰り返しで、毎回これやっていたら1日つぶれるな……と。
紙に描いたものだと建築デザイナーに見せるときにすごく大変なんだろうなと思ったので建築デザイナーが使うCAD(2D&3D設計ソフト)を覚えようと思って勉強しました」