■ヘルパーもなし、「今は私一人でお世話をしています」
一時期は車いす生活を余儀なくされた筆子さん。昨夏、天童は歩行に支障が生じた母との生活について明かしていた。
《最初は介護の人に来てもらっていたんですが、母も娘のほうが気楽みたいなので、今は私一人でお世話をしています。(中略)とはいえ私がやっているのは、母がお風呂に入るのを手伝ったり、夜中に一緒に起きてトイレに連れて行くくらい》(『婦人公論』’22年8月号)
天童は故郷・八尾市の自宅兼事務所のほかに、東京にも拠点として使用しているビルを所有している。
「1月4日付のブログの見出しは『初詣…』、八尾市にある大聖勝軍寺をお参りしたときの天童さんと筆子さんの写真も掲載されています。大阪と東京の2拠点の往復だけではなく、地方巡業にも筆子さんを同伴しているそうです。
歩行には杖が必要なお母さんを連れて歩くのは大変でしょうが、筆子さんはずっといっしょに過ごしてきた天童さんの姿が見えないと不安になってしまうそうで、そんなお母さんを一人にしたくないという思いがあるのでしょう」(前出・レコード会社関係者)
いっぽうで天童も母の存在により、新たな力を得ているようだ。
《(母は)一歩でも歩くという強い気持ちを持って、決して腐らない。だから私も「私が母の足になる」と決めて、2人で頑張っています》(『毎日が発見』’23年2月号)
歩く筆子さんを支えながら天童が思い出しているのは、歌手を目指していたころ、骨折した自分を背負って楽屋に連れていってくれた母のぬくもりなのかもしれない。