《2020年6月に見つかった癌の治療を受けながらも、体調の良い日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけ、最期まで音楽と共にある日々でした》
3月28日に亡くなった世界的音楽家の坂本龍一さん(享年71)。4月2日に坂本さんのマネジメント事務所が明らかにすると、海外でも速報が打たれ、世界中から追悼する声が相次いだ。
坂本さんは1978年に高橋幸宏さん(享年70)と細野晴臣(75)と「YMO」を結成し、シンセサイザーを使った斬新なサウンドが世界中で大ヒット。1983年公開の映画『戦場のメリークリスマス』では初めて音楽映画を手がけ、1988年には映画『ラストエンペラー』で日本人初となる米国アカデミー賞作曲賞を受賞した。
数々の功績を残し「世界のサカモト」と評された坂本さん。晩年は闘病生活を続けながらも、生涯にわたって音楽活動に情熱を注いだ。坂本さんを偲ぶ声が広がるなか、かつてお茶の間を虜にした“おちゃめな一面”がSNSで再注目されている。
それは90年代に人気を誇ったバラエティ番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で放送されたコント。松本人志(59)演じるヒーロー「アホアホマン」の兄貴分「アホアホブラザー」として坂本さんが登場したことがあったのだ。
「あの坂本さんが角刈りのかつらにピンク色の肉襦袢、汚れたブリーフパンツ姿でコントに挑んだのです。このコントが放送されたのは、1995年ごろだったと思います。当時すでに“音楽の巨匠”のイメージが定着しており、坂本さんのギャップに多くの視聴者が驚かされました。
もともとダウンタウンのファンだった坂本さんは、『ガキの使いやあらへんで!』の番組観覧に訪れたことがあったそうです。そのことを知った松本さんが“曲を書いてもらおう!”と後日番組内で発言し、スタッフがダメもとで交渉したところ、坂本さんは快諾。1994年に念願のラップユニット『GEISHA GIRLS』を結成し、全米デビューまで果たしたのです。
その後も両者の交流は続き、ダウンタウンが坂本さんを『ごっつ』に招いたことでコントが実現したそうです」(テレビ局関係者)
Twitterでは、坂本さんとダウンタウンが披露したコント「AHO AHO MAN」を懐かしむ声が広がっている。
《ごっつええで、アホアホマンやってくれた坂本龍一さん…忘れません》
《教授のお笑い好きで、ダウンタウンとコントやってたんは、世界のサカモトがこれやるの?? って、強烈な印象があったなあ。。》
《坂本龍一さん、不謹慎ですがアホアホマンで大笑い致しました。世界のサカモトがここまでやるとは!坂本さん、どうぞ安らかに…》
《ごっつのアホアホマンに出てきたとき子供ながらにこれは絶対アカンやつだと興奮したと共に器がデカい大人もいるんだと感服した記憶があります。素晴らしい音楽もたくさん頂きました! ありがとうございました》
松本も坂本さんの訃報に触れ、《坂本龍一さん。たくさんの楽しい思い出ありがとうございました》と感謝の気持ちをツイートしている。世間を驚かせた“異色の共演”は、伝説として語り継がれることだろう。