■拳さんの動きが止まり顔が急に怖くなった
拳さんの背中側にカメラが何台も並び、すべてのカメラが拳さんの背中越しにボクを狙っている。拳さんは背中しか映っていない。本番が始まった。拳さんに対する想いを謙信の長いセリフに乗せ素直に届ける。セリフの途中で拳さんの厳しい表情がスーッと『ほー』という顔に変わっていった。最後のセリフが終わった。まだカットがかかる前だ。拳さんはカメラにわからないようにニコッと微笑み、そっと親指を立て『よかったぞ!』と満面の笑みを届けてくれた。
その時に新たな喜びと気づきを得た。『ボクはこの人に喜んでもらうために、それだけのためにここに来ているんだ…』と。今までは仕事はすべてファンのためだけのものだった。自分の感情はまったく関係なく、私情などはいらないと思っていた。その日、初めて持った感覚に驚いた。『ボクは拳さんに喜んでもらうためだけに演技をやってるんだ…』と。『たった一人に喜んでもらうために何かをすることが、これほど幸せなことだったんだ』と初めて気づかされた。それまで演技をするということに迷い道を見失いかけていたボクを、拳さんの優しい笑顔がいつも導いてくれていたことに気がついた。
撮影中盤に差し掛かった長野のロケに行った時のことだ。昼休憩に入り車内で休んでいた。拳さんがいきなり車のドアをパッと開けて、「おい、ガックン。シイタケ食うか?」と言ってきた。カセットコンロの上で、フライパンでシイタケを焼いていた。「オレは弁当、食わないんだ。どんなことがあってもその場で火を通したものしか食わない。便利なものを口にすると早死にするぞ…」と言った。フライパンを囲み、ふたりで食べた。ボクはなぜ、その時にこんなことを言ったのかわからなかったが、拳さんに言った。「拳さん…、ボクの演技でこれは違うなと思うことがあったら必ず言ってくださいね…」と言うと、拳さんの動きが止まり顔が急に怖くなった。
こちらをずっと見ている。暫く沈黙が続いた。ゆっくりと箸を置いた拳さんが口を開いた。「なあ、ガックン…。オマエがやらなきゃいけないことは、オレはこれまで全部言ってきた。周りがオマエの演技をどうこう言うかもしれない。だがな…、この緒形拳が言うんだ。オマエはできてる。オマエがやらなきゃいけないことはすべてできている。他の周りの誰が何と言おうとオマエはできているんだ」と。すごく厳しい顔で一つ一つゆっくりと言葉を届けてくれた。そして急にニコッと微笑み、「大丈夫。パパがついてる…」と言い、また箸を取りシイタケを食べ始めた。ボクは届けてくれたそのあまりにも優しい言葉に、『ずっとこの人はボクを守ってくれていたんだ…』という想いに胸がいっぱいになった。それまで詰まっていた感情が雪崩のように溢れ出た。気がつけばボロボロと涙がこぼれ落ちていた。泣きながら何度も何度も「ありがとうございます…、ありがとうございます…」と繰り返していた。愛情に疎遠だったボクにとって、人生で初めて他人からの愛を深く感じた。この日の出来事は昨日のことのように鮮明に覚えている。
大河の撮影も終わり、その後すぐにハリウッド映画の撮影でルーマニアに行くことになった。同時に拳さんは北海道での撮影が始まった。その作品が拳さんの遺作となる。撮影の間もずっとLINEで連絡を取り合っていた。「撮影が終わったら、日本で一緒に蕎麦を食べに行きましょうね」「おー、蕎麦かぁ。大好きだぞ」とたわいもない話を交わしていた。
拳さんと食事に行く約束の日のちょうど2週間前、突然、彼のマネージャーから連絡が入った。なぜかわからないが携帯を見た瞬間に『亡くなった』と虫の知らせを感じた。電話を取り「亡くなったのか?」と聞くと、「先ほど亡くなりました…」と泣きながら言葉にならない声で彼女がそう言った。
その後、遺族の方たちが特別に時間を作ってくれた。ふたりきりで過ごす時間を作ってくれていた。棺に寝ている拳さんは穏やかな顔をしていた。その顔を見て、「アナタは本当にすごい人ですよ。きっと、撮影の最中もずっと痛かった、苦しかったはずなのに…。いつも笑ってましたもんね」と語りかけていた。歌舞いて生きてきた人のとても安らかな最期の寝顔だった。『自分もそういう人生でありたい』と素直に思った。最後まで笑って見送ろうと、とにかく笑顔でいることを心がけた。拳さんに別れを告げた後、玄関で待つ遺族の方たちに挨拶をした。「本当にこうやって時間を作っていただいてありがとうございました。ボクは拳さんに本当に救われました。ボクにとって拳さんは父親のような存在でした」。そう告げた瞬間に急に壊れた蛇口のように涙が溢れ出てきた。我慢しようとしたがどうにもならないほど泣いていた。そこから2週間、完全に壊れてしまい、何もできなくなってしまった。
[拳さんから受け取ったもの。それを一人でも多くの人に届けなければ]という想いだけがいまだにボクが演技を続ける理由だ。拳さんが最後に遺してくれたもの。それを止めたくはない。
毎年、彼のお墓に行って「まだ頑張っています、次はこんな作品をやるんですよ」と報告している。それは自分がまだ笑顔で頑張っていることをただ伝えたいだけなのかもしれない。だが、あの出逢いがあったからこそボクは大河を乗り切れた。こうやって演技を続けてきたからこそ【翔んで埼玉】や他の多くの素晴らしい作品にも巡り合えた。人生の節々でキーとなる人たちが多くの生きる[意味]と[教え]をくれたことが今のボクのすべてに繫がっている。
大河の共演を機に緒形さんから数多くのことを学んだ。
【INFORMATION】
https://www.amazon.co.jp/dp/4334101453