「『楽しもう』『いつも通りやろう』って思ってたんですけど、なかなかできないもので。緊張でいつも通りできず……。メンタル面とか全部鍛え直して。もう髪型とかも全部チェンジで!」
前回王者である令和ロマンが大会史上初の2連覇を果たした、漫才日本一決定戦『M-1グランプリ2024』(ABCテレビ・テレビ朝日系)。12月22日に行われた決勝戦の終了直後に配信された『祝!20回 漫才師たちの大反省会』(Lemino)で、冒頭のように語ったのはお笑いコンビ・ジョックロックのゆうじろー(26)だ。決勝戦ファーストラウンドでは残念ながら9位に終わってしまい、率直な心境を明かしていた。
とはいえ11歳年上の相方・福本ユウショウ(37)とコンビ結成2年半にして、初の決勝進出は大きな快挙。本番ではコンビ揃って黒いスーツで登場し、病院を舞台に迫力のある演技とコミカルな掛け合いを見せていた。
しかし審査では、ボケ担当のゆうじろーに対するアドバイスが集中することに。かまいたち・山内健司(43)は、「ボケのゆうじろー君のところで笑いがなくて、ツッコミの福本君のところにいってから笑いが起こっていたので。もうちょっとゆうじろー君のところでも、何かウケる要素があったらより良かったのになとは思いました」とコメント。
アンタッチャブル・柴田英嗣(49)も「型がある漫才って少し読めちゃうから、結局こういう落とし方なんだろうなっていうのが。そこが枠からはみ出てくると、さらに良い漫才になるんじゃないかな」と述べると、ゆうじろーは「俺が面白くなります!」と冗談めかしながら宣言。柴田も「お願いします!」と返し、会場では大きな拍手が沸き起こっていた。
リーゼントヘアがトレードマークのゆうじろーは、今年の『M-1』ファイナリストのなかで最年少の芸人。有望株として爪痕を残すこととなったが、漫才師になるまでには紆余曲折あったようだ。
「ゆうじろーさんがお笑い芸人を目指そうと考えたのは、地元・大分県から関西の名門私立大学である関西学院大学に進学してからのことだったそうです。幼い頃からプロのサッカー選手になるのが夢だったそうですが、病気を経験したことによって断念してしまったといいます。福本さんとコンビを組む以前には、インスタグラムで《いつかサッカー関係の仕事をしたくて》とつづり、リフティング動画をアップすることもありました。自らの性格を“目立ちたがり屋”と評していたので、関西にいたことがお笑いの道につながったのかもしれません」(芸能関係者)
自らの“挫折”について、ゆうじろーは最近のインタビューでこう明かしていた。
《地元のJリーグチーム、大分トリニータの育成チームに所属していたんですけど中学2年生の時に悪性リンパ腫が見つかったんです。2年間治療に専念して、復帰できるところまで回復したんですが体への影響が大きくて、サッカーの道を諦めることになったんです》(’24年8月9日配信『DOMO!ぱどNET関西』より)
お笑い芸人になってからチャンスが巡ってきたのは、芸歴7年上の福本との出会いだったようだ。
「ゆうじろーさんは’21年に別のコンビで『M-1』にエントリーしたこともありましたが、以降はピンで活動。福本さんと新たにコンビを組んだことが大きな転機となりました。福本さんはツッコミのかたちを考えてから、コンビを結成する相方を探したといいます。ゆうじろーさんの存在は全く知らなかったそうですが、同期のお笑いコンビ・ナナの大二さんからゆうじろーさんを紹介してもらい、“ネタを合わせてみたら上手くいった”と明かしていました。
昨年と今年の『NHK新人お笑い大賞』で2年連続準優勝し、今年7月には『今宮戎神社こどもえびすマンザイ新人コンクール』で福笑い大賞を受賞するなど実力を発揮。結成年数が浅いことからまだまだ『M-1』にも挑戦できるので、どのように成長していくか楽しみなコンビでしょう」(前出・芸能関係者)
『大反省会』では「こっから伸びれるんですかねぇ」と不安も口にしていたゆうじろー。MCの麒麟・川島明(45)が「未来がありすぎる」と絶賛していたように、快進撃を見せてくれることを期待したい。