■退所した香取慎吾の“テレビ激減”を食い止めた
そもそも、欽ちゃんはなぜ『仮装大賞』の司会者に抜擢されたのか。これも“普通ではない”起源がある。60年代に坂上二郎とのコント55号で一世を風靡した男は70年代にソロでの活動を始めると、『オールスター家族対抗歌合戦』の司会を依頼された。当初、萩本は「ツッコミだから、物事を前に進められない」と消極的だった。
《へただというのはよく知ってるわけだ。人を立たせることもできないし、きれいな言葉も使えないわけ。どうしたらいいだろう、困ったわけ》(『婦人公論』1976年4月号)
それでも、旧知のディレクターに懇願されたため、引き受けた。坂上とアドリブでコントをしていた萩本は、台本通りに番組を進められない。出演者を紹介する際、「はーい! 次のチーム! ……誰だっけ?」と手間取った。しかし、“普通ではない進行”が評判を呼び、『スター誕生!』など続々と司会の仕事を依頼されるようになる。『仮装大賞』もその延長線上にあった。
無意識だったようだが、萩本は「芸能界の普通=タブー」も打ち破っていた。大手事務所を独立していた歌手の前川清(76)を『欽ちゃんのドンとやってみよう!』で起用し、コメディアンとしての才能を開花させた。「普通の女の子に戻りたい」と言って引退した元キャンディーズの田中好子の復帰の手助けもした。
今回の20th Century(トニセン)と香取慎吾の共演も、欽ちゃんが「芸能界の普通」を無視したことに端を発すると言っていい。香取は2017年9月にジャニーズ事務所(現・STARTO ENTERTAINMENT)を退所すると、テレビ出演が激減した。だが、『仮装大賞』の司会は続投になった。その背景には、同年10月18日放送の『おじゃMAP!!』(フジテレビ系)に出演した欽ちゃんの「(還暦の2001年頃に『仮装大賞』からの勇退を考えて)『俺を降ろして、慎吾にしてくれないか』と俺がお願いしたんですよ」という発言も大きかったと見られている。
当時、大手事務所を独立したタレントはテレビに出にくくなっていたが、2018年の95回大会も従来通り、日本テレビでは『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』が放送された。だが、既に70代後半を迎えていた萩本の体力は徐々に衰えていく。2021年の98回大会の収録中に「今回で私、この番組終わり」と突然の勇退宣言をする。その理由を取材で聞いた時、こう言っていた。
《体が持たないから、もう無理だと思ったの。80近くなってから、収録の終盤に疲れて『あと何組?』と聞くようになった。『8組です』と言われると、だいぶあるな……って。僕は二郎さんとのコント55号で、舞台を駆け回って世に出た。動けない欽ちゃんが座ってテレビに出るのは、自分が許さないのよ》(『女性自身』2024年1月30日号)
萩本の「終わり」宣言によって、昭和54年から毎年放送されていた『仮装大賞』はストップしてしまう。その時、香取慎吾が立ち上がった。「欽ちゃんが出ないなら、僕も出ない」と出演を迫ったのである。一般的に考えれば、80歳を過ぎた高齢者に酷な要求である。しかし、香取は「高齢者の普通」を嫌った。萩本を師と仰ぐ男にも「欽ちゃんイズム」が備わっていたのだ。
日本テレビの再三に渡る説得もあり、萩本は再び立ち上がり、2024年に99回大会が放送された。だが、この収録中、《もうちょっとアドリブ飛ばせるだろ》(前出・『女性自身』)と自らを叱咤していたという。その反省を元に、欽ちゃんは動く。アドリブ力を取り戻すため、昨年ほぼ毎月、新宿の小劇場『バティオス』で舞台に上がった。今度は、萩本自身が「83歳の普通」をぶち破った。
欽ちゃんと慎吾の“普通を避ける精神”が幾重にも重なり合い、100回大会でのトニセンとの共演に辿り着いたのである。長野博(52)、井ノ原快彦(48)、坂本昌行(53)の演目が終わると、萩本は「慎吾、お前やれよ」と司会を完全に任せた。井ノ原が欽ちゃんを見て話すと、「俺に言うな、あっちに言ってくれ」と指示した。そして、口を挟まずに4人のやり取りを見守った。
素人にも遠慮せず、「ありがとうじゃつまんない」と出る所は出る。一方で、「慎吾、お前やれよ」と引く所は引く。「ミスター・テレビジョン」は83歳になった今も、その押し引きを絶妙に使いこなしている。傍から見る限り、99回大会と比べ、100回大会のほうが欽ちゃんの元気さは増していた。普通を避け、限界を越えようとする萩本欽一は101回大会でさらなるパフォーマンスを見せるため、今年も小劇場で試行錯誤を繰り返す。この魂がある限り、『仮装大賞』は永久に不滅である――。
※視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ、関東地区
⚫︎『全日本仮装大賞』 1979年大晦日、『欽ちゃんの紅白歌合戦をぶっとばせ!第1回全日本仮装大賞「なんかやら仮そう!!」』としてスタート。青島幸男、山本晋也、岡田眞澄などが長らく審査員を務めた。2002年元日の放送からSMAP香取慎吾が司会に加入。2025年1月13日に第100回がオンエア。溝端淳平、川口春奈、松本薫、ウエンツ瑛士が初めて審査員として出演。現在、TVerで配信中(1月20日18時59分 終了予定)
⚫︎『欽ちゃんライブ』 2024年1月から新宿の小劇場『バティオス』で開始。勝俣州和などが出演。9月15日(日)には客席にいた徳光和夫が突然、舞台に呼ばれたが、終始競馬の結果を気にしていた(馬券は外れる)。2025年1月19日(日)15時から同所で『欽ちゃんオーディション on stage』を開催。東貴博も出演予定
文・岡野誠
ライター、松木安太郎研究家、生島ヒロシ研究家。執筆記事〈検証 松木安太郎氏「いいボールだ!」は本当にいいボールか?〉が第26回『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞』デジタル賞に。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)ではV6井ノ原快彦らと田原のエピソードも掲載
