「公の場はこれで最後に」岩下志麻 最愛夫の逝去直前に明かしていた「女優の引き際」
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■「篠田志麻」としての時間が増えてきた

 

夫婦の思い出が詰まった自宅。岩下は終活も兼ねて、100枚以上の着物をチャリティに出したり、出演作の膨大な資料を図書館に寄贈するなど、大がかりな断捨離を同時におこなっていた。前出の夫妻の知人は言う。

 

「90代に入った篠田さんは足腰が弱ってしまい、階段の上り下りも難しい状態だったそうです。夫妻は娘さんが結婚して実家を離れて以来、お手伝いさんとともに暮らしていたと聞いています。それまでは岩下さんはほとんど料理をしなかったようですが、篠田さんのため、ヘルシーな魚料理を作ったり、妻として献身的に尽くすようになったといいます。

 

この数年、岩下さんは体調を崩すようになった篠田さんを心配していました。そのため、一日でも長く一緒にいられるよう、女優業を引退してでも“夫が住み慣れた自宅で最期を看取る”覚悟を決めていたそうです」

 

実際、岩下は昨夏のインタビューで今の夫婦の関係についてこう語っていた。

 

《それぞれが家の中で好きなことをして過ごしています。私自身、今は「岩下志麻」ではなく「篠田志麻」としての時間が増えてきましたね》(『婦人公論』’24年7月号)

 

90代となった篠田さんはパーキンソン病を患っていた。株式会社ねこの手代表で介護コンサルタントの伊藤亜記さんは言う。

 

「男性は体も大きいので、世代的に老老介護となる奥さんが在宅で見るのは体力的に大変だったと思います。転倒を防ぐため、特に深夜のトイレなど移動の際の介助には連日苦労していたはずです」

 

今年に入り、篠田さんは骨折で都内の病院に入院。岩下も献身的に付き添ったが、24日に一時帰宅した。

 

「病室の篠田さんは、帰宅すると告げた岩下さんに『うん』と応答したといいます。しかし、帰宅した25日未明に容体が悪化。岩下さんが看取れぬまま、天国に旅立ってしまったそうです。岩下さんは大変なショックを受けていました」(前出・映画関係者)

 

自宅にはリフォーム後もどうしても捨てられないものがいくつか残っているという。それが、小学生時代の愛娘との往復書簡と、篠田さんからの“手紙”だった。

 

《篠田からのラブレター。これも全部出てきました。一通だけ彼に見せたら、「若い頃は情熱的だったね」なんて笑っていましたけど》(『婦人公論』’22年6月号)

 

夫の晩年は女優ではなく妻として献身的に支え続けた岩下。天国の夫のためにも、再び表舞台に立てる日を願うばかりだ。

 

画像ページ >【写真あり】京都で結婚式をあげる58年前の岩下と篠田さん(他9枚)

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