[E:note]いまでは沖縄発のインディーズのミュージシャンが全国的なヒットを飛ばすこともめずらしくないですけど、もともとはそういった島の人たちの音楽を愛し、支える風土があってのことなのでしょうね。
普天間:沖縄は独自の芸能界があって、本土の芸能界、たとえばヒットチャートに名前が出るとか、テレビに出るという方たちと関係なく成り立っているんですね。民謡の大御所もいれば、基地があるからジャズやロックも盛んですし。とにかく、いろんなジャンルのミュージシャンがいましたし、そういったすばらしいプロフェッショナルの方々に囲まれて自分も歌を唄ってきたと思います。また、沖縄の面白いところは、沖縄を拠点に活動している人の中には、初めから本土ではなく海外を目指しているミュージシャンが当たり前にいるんですよ。もしかしたら、昔「琉球」という国として存在していた名残とでも言いましょうか、海外との距離感が近いのかもしれませんね。

[E:note]普天間さんは、琉球王朝の子孫だとうかがいましたが、芸能に長けた血筋なのでは?
普天間:いえいえ、普天間家は芸能分野で活躍した人はいないですね。私はめずらしいんです。

[E:note]ご兄弟もたくさんいらっしゃいますが、普天間さん以外の方はまったく?
普天間:周りはまったくそういうのはないですね、私の周りで言えば、うちの祖母が唯一、音楽が好きで、祖母も若いころ民謡や踊りをやっていて、「自称、上手い」(笑)。影響を受けた人がいるとした05ら、祖母でしょうかねぇ。家ごとのカラーがそれぞれあるとしたら、普天間はどちらかというとマジメな、勉強を頑張る人が多くて、親戚も学校の先生、弁護士、医者といった道に進む人が多いですね。マジメで、歌なんてそんな?! …って感じです。

[E:note]では、普天間さんはとても異色なのですね?
普天間:とっても異色ですね(笑)。

[E:note]小さいころから天才子供歌手と言われてきて、プロの自覚、歌い手として意識した時期などありましたか?
普天間:大人になって振り返って思うのですけど、もう、小学生からプロ意識はありましたね。逆に、今よりも強かったかも?! と思うときがあります。当時は、もちろん唄うのが好きで始めましましたが、人前で唄うことには恥ずかしさが先に立っていました。できれば、自分だけで好き勝手に唄っていたかった。それが祖母のスパルタ教育のおかげでしょう、いつごろからか、プロ意識というものが芽生えてきて、どうやったらお客さんに喜んでいただけるか、ということをいつも意識するようになりましたね。

[E:note]今の普天間さんからはちょっと想像できませんね(笑)。
普天間:小さいころは引っ込み思案なほうだったんですよ。でも祖母が、「これからの世の中は、女性でもしっかりと人前で自分の意見を表現しなければならない時代だから、女性でも引っ込み思案ではダメだ」と。人格形成ではありませんが、そういう勇気をつけるために背中を押された面が大きかったですね。唄っているうちに自分の歌で喜んでいる人がいたり、拍手をしてもらったり褒めてもらったり、また賞品をもらえたり…(笑)。「私って、こういうことができるんだ!」という発見があったのでしょうね。またそれが逆に、思春期のころの支えにもなりました。

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