和田秀樹 「感動して終わる映画ではありません」老年医療のプロが「介護」の映画を制作

image

精神科医の和田秀樹氏はこれまで、老年医療の現場に20年以上、携わってきた。彼が映画監督としてメガホンを取った2作品目は、自身の原案をもとに、認知症を抱えた父とその娘の、苦悩や再生の物語だ。本作を通じて彼が訴えたかったのは、『介護離職』の現実だ。

わだ・ひでき★

60年6月7日生まれ、大阪府出身。東京大学医学部を卒業し、東京大学精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェ
ローを経て精神科医に。受験、教育、精神問題などについて多くの著書を執筆、テレビやラジオのコメンテーターとしても活動している。

映画『「わたし」の人生(みち)~我が命のタンゴ~』

image

監督・原案/和田秀樹
出演/秋吉久美子、橋爪功、松原智恵子
8月11日(土)より、シネスイッチ銀座ほか、全国公開
(c)2012「わたし」の人生製作委員会
(公式サイト)http://www.watashinomichi.com/

 

――今回、認知症とその家族をテーマに選んだ理由は何だったのですか、改めてお聞かせください。
image「『女性自身』読者の方の中にもいらっしゃると思いますが、『介護離職』の現実について描きたかったんです。とくに女性の中には、介護のために仕事を辞めてい方がたくさんいるわけです。本格的に認知症の患者が増え始めるのは、年齢的に80代後半以降の人が多んですが、そうなるとお子さん世代は50代ですよね。自らの仕事の、仕上げの時期です。それなのに、親が認知症になり、目が離せなくなって仕事をやめる方が多い。その数、年間15万人。女性が仕事をがんばってきて管理職になり、内容にもやりがいを感じているのに、です。でも、親の介護というのはその後、何年も続きます。だからできるだけ、自分の人生を選んでほしいと思うんですよ。この映画が、それを考えるきっかけになれば、と思いました。また、劇中にも登場するエピソードですが、40代をこえると介護保険が給料から天引きされます。しかし、その介護保険を申請すると、どんなサービスを受けられるかを知っている人は少ない。そういう情報も映画を通じて伝えたかったんです」

――完成作をご覧になっての感想をお聞かせください。
「監督として2本目の作品ですが、役者さんの演技も、三枝成彰さんの音楽もよく、僕としては、いい仕上がりだなと思っているところです」

――映画を拝見して、アルゼンチンタンゴが認知症の症状を和らげる、ということが意外でした。タンゴに限らず、ダンス全般が認知症に有効なんでしょうか?
「体を動かすことが重要なんです。それから、歌もすごくいい。ただし、歌というと童謡と思っている人も多いですが、それだと子供扱いされている、と腹を立ててしまう認知症の方もいるわけです。その患者さんがカラオケに通っていたころの歌だと、機嫌がよくなります。おそらく10年、20年後には、老人ホームでビートルズやユーミンが歌われているかもしれませんね」

――もし、家族が認知症になってしまったら、どう接すればいいのでしょうか?
「認知症の方って、機嫌がいいときにはトラブルを起こさないんです。機嫌が悪いときに、感情のコントロールがとれなくなる。なので、機嫌を取るということは悪いことじゃないんです。患者が何かを言ってきたとき、それに反論すると、さらに機嫌を悪くしてしまうことがあります。相手の尊厳を否定したり、顔をつぶすような叱り方をするのではなく、機嫌のいい状態に持っていくのはとっても大事なこと」

――イライラしてしたり、怒ったりはよくないんですね。
image「いい結果にはならないでしょう。映画では、アルゼンチンタンゴを通じて、みんな機嫌のいい状態になっていますよね。タンゴが認知症の問題行動を抑えているというわけです」

――自分自身が認知症にならないためには、どうしたらいいんでしょうか。
「なるべく脳を使ったほうがいいとは言われていますが、防ぎようがないというのが正直なところ。だから、高齢者の問題は深いんです」

――監督が作品で伝えたかったことは、介護する側も、人生を楽しんでほしいということ、でしょうか。
「おっしゃる通りです。これまで、介護に関する映画はたくさん作られてきて、そういう作品は感動するし、泣けるんですけど、結局は『在宅介護がいい』と押し付けている感が否めません。いわば、“人間ドラマ的美談”で終わっている。実際に親を介護している人が観たら『私も最期まで在宅看護しなくちゃいけない』と思ってしまいます。それに、たまにしか顔を出さないような身内が、勝手に在宅介護のよさを語って、自分は『我、関せず』という態度を取るかも知れません。それだけでも、介護している人間はストレスを溜め始めてしまいます」

――たしかに、在宅介護が理想という風潮は、あるかもしれません。
「ですから、この映画は多くの女性に見てほしい。女性がいちばん“割りを食う”もののひとつが介護。介護は女性がしなくちゃいけないという、周囲からの圧力はすごいですからね。それと、介護というのは絶対に在宅でなければいけない、ということにも疑問を感じているんです。家で看取るのと、施設で看取るのと、どちらがいいのかは誰もわからない。『施設に預けて介護はプロに、定期的に施設を訪れて愛情は家族が』というやり方もあると思います」

――映画では、最後に現実的な選択をしていました。
「介護というのは、終わりがないですから、感動して終わるという映画ではありません」

――ところで、映画の初監督作品『受験のシンデレラ』では、2007年モナコ国際映画祭最優秀作品賞を受賞しました。大学生のときから自主映画を撮られていたとお聞きしましたが。
image「大学のときから撮っていましたが、むしろそのころは、映画を作るに借金をしたりして、うまくいかなかったんです。でも、当時知り合った人に、有名な監督を紹介してもらって、そこで映画のいろいろを学びました」

――では、若いころは映画監督志望だったんでしょうか。
「そうです。理想ですが、いつかは伊丹十三さんのような映画を作りたいですね」

――今後、監督として撮りたいテーマはありますか?
「高齢者の恋愛や、男女のドロドロした恋愛模様、裏の世界で本音の部分で生きている、暴力シーンのないアウトロー映画とか。あとは、日本で心理学を扱った映画がつまらないと思うから、僕が作りたい、という気持ちもあります」

――最後に作品のPRをお願いします。
「映画を夫婦でご覧になって、『自分たちは(親の介護について)どうしようか』といった、会話のきっかけになってもらえば。そういう役割の、社会派の映画があってもいいと思います」

関連カテゴリー:
関連タグ: