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「僕がずっと石原プロにいたのは撮影部や照明部のスタッフがみんなよかったから。会社との心の距離が離れていたら、とっくに辞めていただろうね。誰が偉いかとかは関係ない、本当の家族のような存在。また、石原(裕次郎)さんは僕の父と同じような話し方をする人だったから」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第66回のゲスト・俳優の神田正輝さん(65)。スキーやダイビングなどの趣味を持つアクティブな神田さん。山小屋のおやじになりたかったという青年が、いつしか“石原軍団”の名俳優に。そんな神田さんが、知られざる“石原軍団”の実態を語ってくれました。

 

■黒いスーツは『西部警察』のイメージ!

 

「『西部警察』からみんな黒いスーツを着るようになって、そのあと入ってきた若い連中もなぜか渡哲也さんに合わせて黒いスーツなんだけど、決まりはないです。石原さんは黒の服は着なかったですし。でも、新年会に赤いタートルネックで行ったら僕だけ浮いてたよね(笑)」

 

■石原プロは役者ではなくスタッフの会社!

 

「うちは基本的にプロダクションじゃなくてプロモーション。技師さんの制作会社なんです。石原軍団というのも、『制作・石原プロモーション』『西部警察』『大門軍団』と書いてあったのを誰かが『石原軍団』と読んだことがはじまりで、うちの会社の人は自発的には言ってないんです」

 

■“炊き出し”の原点は撮影現場のケータリング!

 

「映画の撮影は夜中までやるから、ケータリングみたいに豚汁なんかを自分たちの『組』で作って置いていたのがはじまりなんじゃないかな。そこから器具が、だんだん大きくなっていって。それがファンの方への恩返しでもある、被災地での炊き出しにもつながっているんだよね」

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