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「歌舞伎は1603年、江戸幕府が始まった年に京都の四条河原で出雲阿国が始めたといわれています。歌舞伎は大衆が楽しむ芸能なので、昔は芝居小屋での飲み食いは当たり前。それで、亡くなった中村勘三郎さん(享年57)は平成中村座を立ち上げたときに『メシは食っていいことにしよう』と、飲食OKにしたんです」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第72回のゲスト・歌舞伎俳優の坂東彌十郎さん(60)。故・中村勘三郎さん、故・坂東三津五郎さんとは、若き日から苦楽をともにした幼なじみで、伝統芸能を継承するいわば“戦友”。2人のスターが逝った今、歌舞伎に並々ならぬ熱い思いを抱く彌十郎さん。そんな彌十郎さんが、歌舞伎の“へぇ〜!”な豆知識を教えてくれました(諸説アリ)。

 

■客が芝生の上で見ていたから“芝居”!

 

「江戸時代初期、京都の四条河原で出雲阿国という女性が始めた踊りが歌舞伎の発祥。当然まだ小屋などもなく、外で行われていたのを観客が芝生に座って観賞していました。お客さんが“芝”生の上に“居”て、見ていたから『芝居』。それが演劇や演技を指す言葉になりました」

 

■“たとえればジャニーズJr.”時代もあった!

 

「当初は女性も舞台に立っていましたが、男たちが女性を取り合い、刀を抜く騒ぎに発展したため、女性NGに。そこで、美少年だらけの若衆歌舞伎ができます。今でいうジャニーズJr.のようなコたちですが、それも取り合いになるので、大人の男性のみが演じることになったんです」

 

■“◯◯屋”の屋号はひいきからもらったもの!

 

「歌舞伎役者の屋号は、ひいきの商人のお客さんから『ウチの屋号を使っていいよ』と言ってもらい、名乗ったもの。『◯◯屋』というのは、その名残なんです。だから、今でいえばたとえばデパートをスポンサーにして『松坂屋』とか(笑)。現に『高島屋』さんもいるんですよ」

 

■本当に千両もらったから“千両役者”!

 

「初代市川團十郎は大人気役者でした。大入りの舞台を終えて、休み期間に避暑に行くとき、座主に『あなたのおかげで大もうけしました。これでゆっくり休んでください』と千両箱をドンッと渡されたそう。千両箱をもらえるほどの役者を『千両役者』というようになったんです」

 

■幕間に食べたから“幕の内弁当”!

 

「戦に行ったお殿さまが幕陣の内で食べたから『幕の内』弁当という説もありますが、一般的には歌舞伎の幕間に食べるから『幕の内』弁当というそうです。昔は芝居しながらでも弁当を食べていてよかったんです。ガサガサうるさかろうが、それを静かにさせるのが役者の腕だって」

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