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「中村勘三郎さん(享年57)、坂東三津五郎さん(享年59)の2人を見送ったので、自分のやりたいことをやろうと覚悟を決めたんです。今年は、パリとジュネーブとマドリードに、歌舞伎の自主公演に行きました。自分で主役を張る技量が僕にはないと思っていたんです。でも、もう失敗しても怖くないし、やるしかないという心境に至りました。ヨーロッパ公演は大成功に終わりました。ちょうど今年は還暦でしたし、奮起するよい機会になりました」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第72回のゲスト・歌舞伎俳優の坂東彌十郎さん(60)。故・中村勘三郎さん、故・坂東三津五郎さんとは、若き日から苦楽をともにした幼なじみで、伝統芸能を継承するいわば“戦友”。2人のスターが逝った今、歌舞伎に並々ならぬ熱い思いを抱く坂東彌十郎さん。公演の合間の歌舞伎座にて、中山との初対談スタートです。

 

中山「奥さまとの出会いは、勘三郎さんと三津五郎さんが関係しているとか?」

 

坂東「20歳くらいのとき、失恋して落ち込んでいた僕のために、勘三郎さんが『おまえのためにパーティを開くよ』と、要は『合コン』を開いてくれたんです。そこで、勘三郎さんが紹介してくれたコと踊っていると、遅れてやって来た三津五郎さんが『さっきおまえがチーク踊ってたコ、いいな』と言ってきまして。で、僕が『はい。あとで飲みに行く約束もしたんです』と答えたら、『代われ』って!」

 

中山「三津五郎さん、すごいですね(笑)」

 

坂東「抵抗したんですけど、三津五郎さんは『端っこでつまらなそうにしているコいるだろ?あのコを送って行ってくれ』と、小遣いをくれたんですよ。しぶしぶそこコを六本木からタクシーで送ることにしたのですが、彼女は十条という赤羽の近くに住んでいて、そのお金じゃ全然足りなかったんです。その彼女が、かみさん(笑)。三津五郎さんは、その話を結婚式で言おうとしたんですよ!死んだ人の悪口は言ってはダメですが、とんでもない人でしょ?(笑)」

 

中山「この話を聞いて、お2人ともきっと天国で笑っていますよ」

 

坂東「そうですね。最後に勘三郎さんにお会いしたのは、病室のベッドでした。何人かでお見舞いに行き、1人ずつ話しかける順番を待ち、僕の番に。枕元で『彌十郎ですよ』と話しかけると、ほかの人たちにはうんうんとうなずいていただけだった勘三郎さんがパッと顔を上げて、『お、れ、は……』と言ったんです。3回『お、れ、は……』と言ったんですけど、喉に管がついていて、うまくしゃべれなかった。『また来ますからね』と言って別れたまま、それっきりでした」

 

中山「3回の『おれは』の後に続くのは何だったんでしょうか?」

 

坂東「実際にまた行って聞いてみたら、あの人のことだから『そんなこと覚えてねえよ』と笑い飛ばす気もします。でも、答えをもらえないまま残された僕は、たまったもんじゃない。何を言いたかったんだろうと、いまだに心にこびりついています」

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