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「映画『鋼の錬金術師』(12月公開)では、僕は主人公の敵で、食いしん坊の役なので、役作りはいりませんでした(笑)。体形的に難しいかもしれないけど、医師とか刑事役もやってみたいです」

 

そう真ん丸の顔で柔和に笑うのは、内山信二(35)。’90年代に大人気だった『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)に出演。同番組からは加藤諒、山崎裕太などの俳優陣も多数輩出されている。

 

「7歳から『あっぱれ~』がスタートして、人気が上がって。収録も日曜日だったので、小学校も毎日通ってました。幸いなことに、テレビに出ているからといって、いじめにもあわなかったんです」

 

しかし、実は大人になるまでこの仕事を「ずっとやめたい」と言っていたそう。

 

「朝早いとすぐにぐずりだして、現場にも行かない。大人が僕のご機嫌をうかがってゲームボーイを買ってくれたりもしましたね」

 

正月にテレビ局を回るだけで、お年玉が100万円超えたこともあり、当時の年収は3,000万円とも。子どもながら金銭感覚もまひしていった。そして14歳で番組を卒業、それから社会の厳しさを味わうことになる。

 

「16歳から仕事がまったくなくなりました。高校も嫌になり退学して。ときおり声がかかるといえば、『あの人は今』企画。それには絶対出たくなかったんです。でも、19歳まで仕事が何もなかった」

 

仕事のない内山のどん底を救ったのは、やはり“さんま大先生”だった。

 

「仕事がない時期に、さんまさんの舞台に呼んでもらった。それがなければ僕はもう芸能界をやめていました。さんまさんに『どうするんだ?相撲にでも行け~』と言われて。芸能界か相撲界か、となったら、もう芸能界しかないと決心できたんです。3年間は月に1度、事務所に電話して『今月はどうですか?』と仕事の確認をしますが、『ないよ~』と、ひと月がその一言で終わる。当時はつらかったですね」

 

転機は19歳。「まいう~」というセリフでおなじみのグルメ番組『元祖!でぶや』(テレビ東京系)に呼ばれた。

 

「石塚(英彦)さんに、“若いデブがいない”と声をかけてもらって。その翌年、20歳からドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)も始まり、シリーズ化されて、ごくせん効果もあり仕事再開に完璧のタイミングでした」

 

『ごくせん』ではヒロイン仲間由紀恵の舎弟を演じた。仕事が順調な中、’06年には訪問介護の事業にも着手した。

 

「家で一人で過ごす大好きな祖父のために何かしたくて。『信二の結婚資金のために』とためていてくれた500万円を、『おじいちゃんのために使わせてもらうね』と開業資金にあてて、兄と従兄弟とで始めたんです。でも、介護への思いはありつつ、経営のことがまったくわからず……やはり違うことに手を出してはいけないなと身に染みましたね」

 

35歳になった内山、結婚予定はないという。

 

「30過ぎたし親孝行もしたい。おふくろの還暦には温泉旅行に連れていってあげたいな」

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