image

 

最近、“現役バリバリ”で活躍している80歳以上の女性が目立ちます。「人生100年時代」ともいわれる今、年を重ねるほどに輝く秘訣は何なのか。素敵な大先輩の言葉に、大きなヒントがありました。“生涯現役”を実現するための50代の過ごし方ーー。

 

「35歳で、日本電建の宣伝部から転職して、TBSのプロデューサーになりました。40代半ばから、もう50代の自分について考えていました。当時定年が55歳でしたが、そのときになってあわてるのは嫌で、48歳でいったん会社を辞めようとしたんです。当時の社長に話したら、『とんでもない』と引き止められて、そこから5年間の専属契約となり、それを更新し続けて現在に至っています」

 

TBSテレビのプロデューサー・石井ふく子さん(91)が専属となった’70年代は、テレビがカラーになり、続々と名作が生まれた時代。

 

石井さん自身、『肝っ玉かあさん』『ありがとう』や、東芝日曜劇場『女と味噌汁』など、国民的なヒット番組を手がけ、脂の乗り切った50代を過ごしてきた。

 

「そんなときでした。日曜劇場でも、1,200回記念に戦争のドラマを作ろうという話が持ち上がったんです。私は『それはできません』と、最初からはっきり申し上げました。というのは、私は戦時中には勤労動員で勉強もできなかったし、仲間を目の前で亡くすつらい体験はトラウマとなって残っています。ですから、戦争はドラマでは描けないほど激しい、過酷なものという思いがあったんです」

 

会社側から代わりのアイデアを求められた石井さんは熟慮した。そして出したのが『女たちの忠臣蔵』だった。このとき、53歳。

 

「これが当たったんですね。それを思うと、50代というのは、それまでの経験や現場で作った人間関係が試されると同時に、冒険のできる年代というのが私の実感です」

 

近年、テレビの世界でも、年齢に対する捉え方は大きく変わってきたと語る。

 

「昔は、キャスティングのとき、俳優さんの年齢というのはあまり考えなかった。でも今は、最初に年齢などのデータありきで、線引きをされてしまう。ちょっとつまらないですね」

 

ただし、変わらぬ名優たちの魅力も健在。

 

「現代は50代を過ぎると、みなさん、70歳くらいまでは若くて活躍されていますね。たとえば三田佳子さん(76)、長山藍子さん(76)。泉ピン子さん(70)など、70代になったばかりなんて、まだまだ若い(笑)」

 

自身の50代を振り返る。

 

「バリバリ仕事をしていた半面、病気になると大きな迷惑をかけますから、当時から定期的に通院検査しています。それも2カ所。私はセカンドオピニオンの先駆けです(笑)。『医者に行くのが怖い』という人も多いですが、私にしたら、行かないほうが怖い。これは橋田壽賀子さん(93)も同じ考えのようです」

 

すでに次の企画が進行中。

 

「今年9月にも『渡る世間は鬼ばかり』の3時間スペシャルが決まっていて、また、いつものメンバーが集まります。こうして50代前後からのお付き合いの俳優さんたちと、変わらずお仕事をできるというのは、やっぱり、それまでの蓄積。その意味では、50代で作った人脈が生きてくるのが70代から80代と思っていいのではないでしょうか。50代は“人作り”の時期だと思います」