自宅の祭壇に供えられていたのは、愛飲していたたばこ1カートンに人形が2体。

 

「母は女優で、父は映画プロデューサー。お互い同じ業界で働いていたからか、家庭ではあえて距離を置いていたように思います。だからツーショット写真もないので、2人を模した人形を並べることにしました」

 

そう語るのは、三上中子さん(62)、女優・菅井きんさん(享年92)の長女だ。時代劇「必殺」シリーズなど、テレビや映画の名脇役として人気だった菅井さんの逝去が公表されたのは8月23日のことだった。東京都杉並区内にある自宅で長女・中子さんが振り返る。

 

「本人は死ぬまで、自分を女優だと思っていました。女優というのは、あくまで自分の価値観を中心にして生きているものなのですね。大腿骨骨折後に、お医者さんからは、『リハビリで歩く練習をしましょう』と、勧められたときも、『必要ないわよ』と。面倒なことが嫌いなんですね(笑)。血管が硬くなってしまうのに、ずっと喫煙もやめませんでした」

菅井さんの知名度を高めたのは、「必殺」シリーズで演じた怒れる姑役だ。藤田まことさんが演じた中村主水を「ムコ殿!」と、叱るセリフは流行語にもなった。この名セリフ誕生について、菅井さんは生前の本誌インタビューで次のように語っていた。

 

《あの『ムコ殿』の口調は、どう言ったらいいのかと私なりに考えました。わが家のベッドのなかで、どうやったら、意地悪く、憎々しく聞こえるかと、いろいろ声を出して試してみてあれになったわけですけど、なんか妙に反応が大きすぎて。娘の結婚に差しさわりが出ないかと真面目に悩みました。だって「ムコ殿」の来てがないでしょう、こんな意地悪なバアさんがいたら(笑)》(本誌07年1月2日号)

 

そんな菅井さんの心配をよそに、長女・中子さんはアメリカで知り合った日本人男性と結婚。菅井さんには“リアル・ムコ殿”ができたのだ。菅井さんと、中子さん、そしてムコ殿との同居が始まったのは、22年前の’96年に夫・正之さんが逝去したことがきっかけだったという。

 

「母は家事をまったくやらない人でしたので、いつか1人暮らしになったら、どうやって生活していくのだろうと、私たちも不安に思ったのです。そこで、母の住居を三世代で同居できるように改造しました。当時は、母そして伯母、私たち夫婦、私たちの娘2人という構成でした。1階に作った広いリビングルームを母は気に入っていて、最近ではリビングルームでひ孫たちが走り回る姿を見て、目を細めていましたね」(中子さん)

 

芸能界に知人も多い菅井さんだが、葬儀や告別式は近親者だけで行われ、「偲ぶ会」の予定もないという。実は菅井さんは本誌のインタビューで、ムコ殿宛てのこんな“遺言”についても語っている。

 

《『お葬式は出すな』、ムコにそう言ったら、「そうはいきません」って言われました。「そうはいきませんよ」ったって、そうしてほしいので(笑)》

 

きっと家族葬も、菅井さんの意向をくんだ選択だったのだろう。中子さんが視線を向けた遺影で、菅井さんは、あの元気な笑顔を見せていた。