「えっちゃんとご主人は、どこにいてもふだんどおり、よそを気にしないご夫婦で、いつも2人でニコニコしていましたね。お互いを『てっちゃん』『えっちゃん』と呼び合って……」

 

1月12日に心不全で亡くなった女優・市原悦子さん(享年82)と、演出家で’14年に80歳で先立っていた塩見哲さん夫婦をこう振り返るのは、女優の大方斐紗子さん(79)。大方さんは、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』に、中村勘九郎演じる主人公・金栗四三の祖母・スマ役で出演中だ。

 

俳優座養成所の4期後輩にあたる大方さんが、親しみを込めて「えっちゃん」と呼ぶ市原さんと夫・塩見さんについて次のように語る。

 

「塩見さんはえっちゃんの同期で、当時、俳優座のスタッフでしたが、イメージでいうと“ボロボロのジーンズに上着を着ている人”(笑)。いつも仲よくしていて、その気取らない人格に引かれたのでしょう、’61年に2人は結婚しました」(大方さん)

 

塩見さんは、女優業に精進する妻を見守ってきた。

 

’12年1月に市原さんがS字結腸腫瘍手術で入院した際、「病院の指示に従って、食事を全部作って面倒を見ていた」(30年来の友人)というほど献身的に市原さんを支えてきた。

 

しかし、市原さんの回復直後、塩見さんは肺がんを発症。’14年4月、帰らぬ人となる。

 

最愛の夫に先立たれ、憔悴した市原さんは不眠に陥り、夫の遺骨を抱えて自宅に引きこもった。心配した関係者が自宅を訪ねると、市原さんはこうつぶやいた。

 

「樹木葬って知ってる?」

 

樹木葬とは、遺骨を埋葬した場所の周辺の樹木を墓標とする、自然葬のこと。夫の死からちょうど1年後の’15年4月、ラジオドラマの収録スタジオで交わした会話を、大方さんは覚えている。

 

「えっちゃんはまだ相当、落胆していた。人前ですので『悲しみは見せないぞ』と毅然としていましたが、私にはチラッと落胆ぶりが見えたんです。『樹木葬にしたいから、いいところを探しているの』とつぶやいたんです。そのころは、先立たれてもう丸1年はたっていました」(大方さん)

 

夫の死後、市原さんはずっと、「愛する夫が落ち着ける場所」を求めて探し続けていたのだ。ある芸能関係者は次のように証言する。

 

「塩見さんを亡くしてから、何をするにも虚空を仰いで、『どう思う?』と旦那さんに語り掛けたり、いまもいっしょに暮らしているような口ぶりでした。だからか、樹木葬の場所を決めると市原さんは迷わず、並んでいる樹木を2本購入したんです」

 

その後は、周囲の励ましもあり、仕事に復帰したものの、’16年11月に自己免疫性脊髄炎で入院。市原さんの著書『白髪のうた』(春秋社)を構成した作家の沢部ひとみさんが、その後の闘病ぶりを明かす。

 

「一度は回復したんですが、’18年後半になると、歩行困難になっていきました。11月には体調も悪化して、12月に『盲腸』がわかった。しかし、市原さんは血小板が少ない病気があって手術が困難でした。年末年始は食欲が落ちてしまい、徐々に衰弱していって――」(沢部さん)

 

1月5日に再入院し、8日には、話しかけても反応がなくなった。市原さんの最期を看取った写真家の駒澤たん道(※たんは「深」の部首が王へん)さんが、こう話す。

 

「とてもおだやかで、安らかなお顔でした。白髪をなでると柔らかく、頬は若々しく奇麗でした」(駒澤さん)

 

沢部さんは、市原さんの病床での言葉を明かしてくれた。

 

「『延命治療はやめて!』でした」

 

《夫が亡くなった後、『待っててね、私もすぐ往くから』って手を合わせていた》(『白髪のうた』より引用)という市原さんの“遺言”だった。

 

そう遠くない日に、最愛の夫の隣に埋葬されるはずの市原さん。自然に囲まれ墓碑も装飾もないそこは、夫婦が永遠に安らげる場所になることだろう。