「ソロのピアノコンサートは私の原点であり、ライフワークでもあるのです。この10年ほどはカルテットやオーケストラとの活動が増えていたので、あらためて初心に戻って自分の芯の部分を再確認するためにも必要でした」
そう語るのは、作曲家でピアニストの加古隆さん(72)。
40年前、フランス・パリ国立高等音楽院に留学中だった加古隆さんは、大雪で出演できなくなったピアニストの代役で初のソロ・コンサートに挑んだ。それ以来、加古さんにとってソロ・コンサートは「たったひとりでピアノと対峙するかけがえのない特別な空間」なのだという。
「ステージ上にはピアノ1台だけ。私のオリジナルの曲を、私の演奏で弾くわけですから私のエッセンスが詰め込まれた究極のエレメントだと言えます。自分らしさを表現する場として欠かせないものなのです。その自分らしさがあるからこそ、映画やドラマの曲作りにも活きてきます」
“ピアノの画家”とも呼ばれる加古さんは’95年以来、映像作品にも参加している。特にNHKスペシャル『映像の世紀』のテーマ曲『パリは燃えているか』は大きな反響を呼んだ。
映像作品では事前に台本を何度も読み込み、監督やプロデューサーと何度も打合せをし、イメージをふくらませていくのだという。
「曲の出だし5秒の“ひらめき”を捕まえることができれば、あとは経験とこれまで培ったものでなんとかなるものです。ただ、『これだ!』という“ひらめき”がすぐには出てこないこともあります」
来年’20年に公開予定の映画『峠 最後のサムライ』にも参加。メガホンをとった小泉堯史監督には、『阿弥陀堂だより』『博士の愛した数式』『蜩の記』など、これまでにも多くの曲を提供している。
「『峠 最後のサムライ』も台本を何度も読んで作品のコンセプトを理解し、言葉にならない作品のイメージをつかむことから始めました。すでに録音も終わっていますので、楽しみにしてください」
荘厳かつ澄んだメロディが特徴的な加古さんの楽曲は、一朝一夕にできあがったものではない。クラシックやジャズ、ロックなど様々なジャンルを経て行き着いたものだ。
「音楽家であれば『クラシックをやってます』『ジャズをやってます』と自分を紹介するのが普通ですが、私の場合は『音楽をやってます』としか答えようがないんです。小学生のころに友人宅で聞いたベートーベンに始まり、中学生のころはストラビンスキーに夢中になって1日じゅう聞いていました。作曲の勉強に行った留学先のパリではフリージャスに感銘を受け即興演奏に明け暮れていました。そうやって寝る間を惜しんでハマった様々なジャンルの音が血となり肉となって、私のベースになっています」
できるだけ長く音楽生活続けるために、毎朝1時間ほどのヨガを何十年も続けているという加古さん。フランスでのソロ体験からちょうど40周年にあたる今年は、ソロ・コンサートツアー『ピアノと私』を開催中。5月11日のサントリーホール(東京)から6月22日のいずみホール(大阪)まで、4都市で公演予定。
令和の時代を迎え、時代は大きく変わろうとしている。加古さんの作品にも新しい要素が加わることがあるのだろうか。
「確かに時代によって変わることも多いでしょう。ですが、たとえば人間の生死(しょうじ)に向き合った時の人の心の喜びや痛みなどは変わらないのではないでしょうか。夕日や夜空を見て美しいと感じる気持ちや、人に接した時の優しさや愛情など、普遍的なものは残っていくはず。そういう人としての根本的なものこそが芸術として残り、また創られていくのだと思っています」
【PROFILE】
加古隆(かこ・たかし)
フランス・パリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を師事。帰国後、クラシック・ジャズ・現代音楽のジャンルを包含した音楽家として活躍。ピアノ・ソロ曲からオーケストラ曲まで幅広い作品を発表し、映画音楽での受賞も多い。