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今年8月に喜寿を迎え、主演・演出を務めるドン・キホーテを主人公にしたミュージカル『ラ・マンチャの男』は日本初演から50年、10月には1300回公演という偉業も達成した松本白鸚さん(77)。先月には、白鸚を襲名してから初となる著書『句と絵で綴る 余白の時間』(春陽堂書店)も出版。

 

「今年の12月には金婚式も迎えます。家内が支えてくれたからこそ、無我夢中でここまでやってこられたのでしょう」

 

インタビュー場所となった都内の自宅でそう言って笑う白鸚さん。その傍らで、妻の紀子さん(74)が恥ずかしそうに微笑んだ。

 

■必ず舞台に立つ主人の姿が最高のしつけ

 

《おぼろ夜に聞こゆる妻の旅支度》

 

著書『余白の時間』に収録された白鸚さんの俳句だ。

 

「着物はお客さまより目立たないように、ちょっと控えめなものを選んで、足袋は小さめのものを……。夜、巡業の旅支度をしている家内のことを詠んだ句です」

 

梨園の妻は、ふだんはマネージャーのように夫を支え、公演中は欠かすことなく劇場に通って、お客さまへごあいさつや人付合いの一切を取り仕切る。

 

「芸能事務所などないころから、歌舞伎の世界はおかみさんがマネージャー兼プロデューサーでした。内科の娘さんがいつの間にか梨園のことを覚えてくれてね。僕は家内から常識を学び、僕は家内に非常識を教えたと思っています。家内は、そんなこと教えてもらった覚えはないと言いますが」

 

’71年には長女の紀保さんが、’73年には長男・幸四郎さん、’77年には次女・たか子さんが誕生した。

 

「芝居と芸以外のことは何もしなかったんです。父親としても、役者の先輩としても、子どもたちにほとんど何もしてあげられなかった。学校のことに始まって、稽古事の送り迎えから、舞台、テレビや映画にデビューするとき。すべて家内がやってくれました」

 

隣で紀子さんが、「でも……」と、付け加える。

 

「ふだん、主人は子どもたちがケンカしていようが、何があろうが関知しません。でも、必ず翌日には舞台に立ち続ける。子どもたちがそんな主人の姿を見て育ったことは、どんなしつけよりも大きかったと思いますね」

 

紀子さんは、白鸚さんがいつも大切にしている言葉を、子どもたちに伝え続けていたという。

 

「『舞台も映像も独りでできるわけではない。多くの人の支えがあってできること。だから、そういう人たちを大切にしなければいけない』。主人のそういう言葉は、何度も伝えた覚えがあります」

 

白鸚さんの俳句には、子どもたちへの思いがあふれる句も多い。

 

《ぼたん雪降るを眺める隆子かわいい》

《洛北のくれなゐ淡き紀保桜》

 

「長男の幸四郎は歌舞伎、長女の紀保は役者と芝居のプロデュース、次女のたか子はドラマや映画など映像を中心に、3人が僕のやっていることをそれぞれ受け継いでくれた。父としてはうれしい限りです」

 

幸四郎とは歌舞伎の舞台で、娘2人とも舞台で共演しているが、役者としての父はいつも厳しい。

 

「僕は欲張りで勝手なんです。そこに至るまでの子どもたちの生活や教育というものを家内に全部任せながら、僕が評価するのは、舞台の上の役だけ。それがよくないと、『よくない』と言う。でも、観客にとってはそれが大事なことで、それまでの俳優人生なんて関係ないですよね。評価されるべきは役に扮した、その演技だけだと思っています」

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