元ペア代表・高橋成美“ガンプラを手に”羽生と五輪出場

2018年に現役を引退し、今年7月に女優に転身したソチ五輪ペアスケーティングの元日本代表の高橋成美(28)だ。3歳でフィギュアスケートを始め、小学校5年生のときに師事する都築章一郎コーチ(82)のもとで、羽生結弦(25)と出会い「五輪の金メダルをとりたいね」と夢を語りあった彼女。3歳年下の“親友”にも引っ張られ、トップスケーターとして高橋成美は頭角をあらわしてくる。

 

■駆け足で成長する羽生に嫉妬は感じなかった

 

仙台市にある都築コーチのもとで半年ほど過ごしたのち、再び中国へ。12歳のときにペアへ転向し、“中国での全国大会”に出場すると6位入賞と才能が開花した。だが突然「中国に国籍に変えない限り、もうリンクには上げられない」と中国フィギュアスケート協会から通告される。

 

将来の中国代表の強力なライバルを育成するわけにはいかないという判断が働いたのだろう。失意のなか、中学2年生の終わりに帰国を余儀なくされた。日本にはペアが練習できる環境は少なく、千葉の学校に通いながら、当時、横浜市で指導していた恩師の都築氏の元へ通った。そこで、中学生になった羽生と、久しぶりの再会を果たす。

 

「ゆづはすごく身長が伸びていて、ダブルアクセルが大得意で、トリプルアクセルの習得の最中でした。まだかろうじて私の方がジャンプが上手で、いろいろ聞いてくれたんですけど……。1年も経ったころには、5種類のジャンプを全部飛べるようになっていて」

 

駆け足で成長していく羽生。トップアスリートらしく“負けず嫌い”の性格を自認している高橋成美だが……。

 

「でも、ゆづに対しては、昔から不思議と悔しい気持ちを感じたことがありません。逆に『私も頑張らなきゃ』っていつも思わせてくれるんです」

 

3歳年下の羽生に感じたのは憧れにも似た気持ち。幼少期から羽生がエフゲニー・プルシェンコに憧れていたのは有名な話だ。

 

「ほかにも好きな選手がいたけれど、ゆづがプルシェンコと言ってからは、私も彼一筋になって(笑)。男の子だったら、私もマッシュルームカットにしてたくらい。ゆづが、『モンスターハンター』(ゲームの名前)を始めたら、私もすぐにハマりましたね。それから、私はもともと首にかけるファイテン(磁器ネックレス)を愛用していたんですが、その効果を共有できるのもゆづでした。当時から『これ体軽くなるよね』とかも話していましたね」

 

■アイスをほお張りながら「太らなくていいね」と

 

羽生は14歳にして世界ジュニア選手権に出場し、世界の舞台で戦うようになっていた。

 

「そのころ、ゆづは金のラインが入った日本代表ジャージを着ていて、それをなかなか脱ぎたがらないんですけど(笑)。そのブカブカなジャージのままアクセルを飛んでしまう。ゆづが飛ぶと、みんな見るんですよ、一般の人も。『あの子すごい』って、なるくらい目立っていました」

 

ジュニアになり羽生は、ストイックに自分を律していたという。

 

「試合後のバンケット(打ち上げパーティー)も、顔は出しますが、すぐに静かに自室に戻っていく。私も真似をして、そっと自室に戻って。そこで1人で『モンハン』していました(笑)」

 

10代の少年らしいかわいい素顔をのぞかせることも……。

 

「横浜時代、『なるは何食べても太らなくていいな』ってゆづは言うんです。大きなソフトクリーム食べながら(笑)。『それはゆづでしょ。私は気を付けているよ』って」

 

中国語、英語、スペイン語など、五カ国語を話せる彼女。羽生が練習拠点をカナダへ移す前には「英語をどう勉強すればいいの?」と、相談された。

 

「『いっぱい(英語)喋ればいいよ』とか『最初はスケートの言葉とかを喋って。Why? とかだけ覚えれば大丈夫』とか軽く流してしまった気が……。ゆづは頭もいいし、いろいろなセンスが本当にあるのは知っていたので、“どうせ大丈夫でしょ”と思ってたんでしょうね(笑)」

 

一方、ゆづのアドバイスに救われたことも……。

 

「アイスショーで一緒になったとき、滑る直前に『サルコウが不安なんだよね。どうやったら飛べるの?』って聞いたら、『シュッとやったら飛べるよ』と言われて(笑)。それで本番でシュッとやってみたらきれいに飛べて。きっと考えすぎだったんでしょうね」

 

■平常心を保つため五輪にガンプラを持参

 

2014年、ともにソチオリンピックに出場を果たす。

 

「結団式では、『このお菓子おいしいね』みたいな何気ない話しかしませんでした。メダル候補として、ゆづに沢山のプレッシャーがかかっていたのも知っていましたから」

 

自らは、木原龍一(28)とのペアで出場。コーチから「平常心を大切に」とアドバイスを受けた。

 

「夢のオリンピックですが、それを意識しすぎると、日ごろのパフォーマンスができません。『これは一つの試合に過ぎない』と思えるように、私はオリンピック村に、ガンダムのプラモデルを持っていって、それを作って平常心を保とうとしました」

 

団体戦で日本は5位。ペアでは18位と、メダルには届かなかった。

 

「自分たちの出番が終わった後、練習拠点のデトロイトに戻らないといけなくて。世界選手権が迫っていたので、練習しないといけなかった。リンクにあるテレビで、スケーター仲間たちとゆづを応援しました」

 

羽生は、アジア人男性初の金メダルを獲得した。小学生のころ、ともに語り合った夢を叶えたのだ。

 

【PROFILE】

高橋成美

1992年千葉県出身。3歳からフィギュアスケートを始める。マーヴィン・トラン(カナダ)とのペアで2012年に世界選手権3位。2014年、木原龍一とのペアでソチ五輪に出場。2018年に現役を引退。今年7月に松竹芸能に入り、女優業を開始。慶応義塾大学総合政策学部に在学中。

 

「女性自身」2020年10月13日号 掲載

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