寂庵の外の出来事に目を転じると、長引く自粛生活によって正社員と契約社員の収入格差、お金持ちの子どもと貧しい家庭の子どもの教育格差などが拡大するとともに深刻な差別社会に進んでいます。安倍さんと代わった菅首相は、国民に「自助・共助・公助」を呼びかけました。
つまり「生活苦も病気も老親の介護も自分でしなさい。できなければ地域や仲間で助け合いなさい。どうしてもだめなときだけ国が助けてあげますよ」ということです。実家が貧しく、奨学金とアルバイトだけで都会の大学に通っている大学生や、パートで子どもを養育していた母子家庭のお母さんたちが、コロナで働く場所を失いました。ごはんが食べられない。家賃も光熱費も払えない。保育園や幼稚園にも入れられない。
世界的規模のコロナ禍を乗り切るためにはもう「自助」や「共助」の領域を超えています。“公助=国の政治がどう機能するか”、が問われているのです。鎌倉時代の仏教僧で日蓮宗の宗祖・日蓮上人は、こう説いています。
国家の安危(あんき)は
政道の直否(じきひ)に在り
国家が安泰であるか否かは、政治が正しく行われているかどうかにかかっています。私たちの国の運命を左右するのは政治です。政権に不正や混乱が多発して国政を誤れば、日本の将来は危ない。国の危機イコール国民の悲劇です。私たち国民は、政権の動きにたえず関心を持って、悪い政治には反対の声をあげましょう。
安倍政権のとき、安保法案や原発再稼働に多くの国民が反対して、私も車いすで反対集会やデモに参加しましたけど、政権はその声を無視しました。菅政権も同じかもしれませんけれども、自分たちの払った税金で行われている政治なのですから、国民は意見を言うべきだし、そうしなければ、不幸になるのは私たち国民なのです。