「隣に座るとツバを吐かれて…」つちやかおり語るマッチファンの妬み
画像を見る アイドルとしてイベントで歌ったときの1枚

 

■歌手としてのお手本は岩崎宏美さん

 

そんなつちやさんに、歌手デビューの話が舞い込んできた。

 

「デビューできることはすごくうれしかったんですが……。デビュー曲が、アイドルらしからぬ大人っぽい曲だったんです」

 

時はアイドルが豊作だった“花の’82年”だ。

 

「キョンキョン(小泉今日子)や中森明菜ちゃんみたいな活動がしたかったので、“私も、もっとアイドルみたいな曲がいい”って、生意気なことを言っていたと思います」

 

素直にデビューを喜べなかったが、最初の営業で名古屋に行ったとき、目が覚めたという。

 

「大勢の人が押しかけてくれたんです。安全上の理由でイベントは中止になってしまったんですが“これは、しっかりやらないと”って思うようになって。宏美さんを勝手に“先生”とあがめて、ビデオで歌い方を学んだりしていました」

 

地方の営業では1日に10軒ほど、レコード店やラジオ局をまわり、屋外ではみかん箱の上に乗って歌った。

 

チューリップや甲斐バンド、オフコースといった、本格派ミュージシャンと同じレコード会社だったため、アイドル番組の出演よりも、コンサートが優先。デビューからの約1年は、伊藤つかさとのジョイントコンサートで全国を回った。

 

「年齢的には私のほうが年上なのに、つかさはどんと構えていて。私が不安を口にすると『かおちゃん、大丈夫だよー』って励ましてくれるんです。ファンもつかさのほうが圧倒的に多いんですけど、私の親衛隊が声の大きさでカバーしてくれました」

 

カラオケで歌うステージに、マネージャーが曲を録音したオープンリールを忘れてしまうというハプニングもあった。

 

「そのときはうちの母に連絡して、名古屋まで運んでもらったんです。カラオケのテープがのびきってひどい音になったり、いろんな失敗はあったけど、他の人の曲をカバーしたり、大勢のお客さんの前で歌うことは勉強になりました。その後、私がライブ中心の活動になったのも、つかさとのジョイントコンサートのツアー経験があったからです」

 

歌手として成長していく姿を、あこがれの存在が見ていてくれたことも、大きな励みとなった。

 

「ラジオの公開番組で、岩崎宏美さんとご一緒したんです。今でも覚えているのは『かおりちゃんでしょ? 知ってる、知ってる。歌上手いわよね。抜群だと思うわ』って言ってくださって。もう、うれしさのあまり頭に血が上って、お礼すら言えず、何を話したのかも記憶にありません」 ’91年、つちやさんは布川敏和との結婚(’14年に離婚)を機に、約20年、芸能界から離れていたが、子育てが一段落した’12年に復帰。

 

’80年代に身につけた歌唱力を武器に、今年9月10日から東京と名古屋で、ミュージカル『流れる雲よ2021』に出演し、特攻隊員の母親を演じる。

 

「(松本)伊代ちゃんや(早見)優ちゃん、(堀)ちえみちゃんなど、同期のアイドルがデビューからずっとテレビで活躍しているからこそ“80年代アイドルの席”があって、復帰したときも、すっぽりと収まることができたんだと思います。すごく感謝ですね(笑)」

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