「金と自由は欲しいけど、何もしたくないーー」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第3回/全10回)
絵画展プロジェクトを成し遂げるための重要なカギを握っている“特殊漫画家”根本敬さんと蛭子さんの久しぶりの対面。だが、40年来の友人である根本さんのことを、蛭子さんはすっかり忘れていた。
戸惑いながらも根本さんは、
「漫画雑誌『ガロ』で80年代に一緒に描いていた根本だよ」
と、自身の代表キャラで、気弱な丸めがねの中年男性「村田藤吉」の絵を描いて蛭子さんにみせた。
しかし蛭子さんは「すみません、ちょっと忘れてしまいまして……」とポリポリと頭をかく。
動揺をかくせない根本さんは、
「ほら昔さ、みうらじゅんさん、平口広美さん、スージー甘金さん、杉作J太郎さん、霜田恵美子さん、山崎春美さんとか、みんな仲間で。一緒にソフトボールやったり、温泉に行ったりしたでしょ」
と、蛭子さんになんとか思い出させようと、根本さんは昔話を次々と繰り出す。
「あーなんか……ありましたね」
根本さんと話をしていくことで、蛭子さんの頭がクリアになっていく。
「でも、本当に根本さん?」
「そうだよ、オレだよ、オレ!」
「あ~声がそうですね。声をきけば根本さんですね」
蛭子さんの表情がおだやかになっていく。
「あ~本当だ、根本さんだ。ずいぶん年とったね……、あ、すみません、オレ、失礼なこと言うことがあって……」
「知っている、知っている。蛭子さんは前から失礼なことしか言わないから」
かすみがとれたように蛭子さんのなかで、目の前の男性が「根本敬」だと認識されていく。
「蛭子ウォッチャー」の根本さんが語る、2人だけしか知らない昔話が盛り上がったところで、根本さんが蛭子さんに相談事をぶつけた。
「実はさ、絵を描いてもらいたい友達がいるんですけど、いくら言っても絵を描いてくれません。すごく才能があるけど、自分にそれだけの力があると思っていない。でも、日本中だけじゃなくて、世界中にファンがいるんですよ」
神妙な顔で聞いている蛭子さんは、
「え、誰やろ、なんで描かないんやろ?」
と首をかしげる。
根本さんが続ける。
「蛭子能収というんですが……」
「……えっ、オレのこと? オレなら、ササッと描けるよ」
と、蛭子さんは、根本さんが持ってきた画材道具に手を伸ばした。
「根本さんは、何もしないの?」と根本さんに毒舌を吐きながら、蛭子さんはスケッチブックに向かい始めた。(続く)