「金と自由は欲しいけど、何もしたくない──」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第4回/全10回)
40年来の盟友・根本敬さんが蛭子さんを動かした──。
サインペンを手にし「なにを描けばいいですかね?」という蛭子さんに、根本さんはこう語りかける。
「蛭子さんの好きなモノを描いてごらんよ。今、気になっていることとか、自由に描いてみてよ」
蛭子さんは少し考えたあとで、
「今は東京が怖い。金が稼げるけど、金をとられていくのも東京。すこし前は東京に勝ったと思ったけど、手強くて、なんか東京に負けたと思って……」
と話す。
「じゃあ、東京にやっつけられた人の絵を描きましょう」
という根本さんの声とともに、蛭子さんが持つサインペンが動き出す──。
一心にスケッチブックに向き合う蛭子さんを見ながら、根本さんが語る。
「蛭子さんの漫画はどれもすごいんだけど、とくに脱サラして再デビューして描いた『地獄のサラリーマン』がすごい。81年に『ガロ』に載った作品だけど、それをみて“蛭子さんの漫画すごいな、おれも『ガロ』に載りたいな”と思っていたんだよね」
作家で編集者の都築響一は、復刻された単行本『地獄のサラリーマン』の帯文に「漫画のひとりセックスピストルズ! 破壊せよ、とエビスが叫ぶ」と記している。
「蛭子さんは『これを書いて下さい』とテーマが決められるのは苦手でしょう。生活が苦しかった頃、虐げられていたこと、抑圧された気持ちなど、蛭子さんの地がダイレクトに出ている作品はやっぱりすごい。むき出しの欲望と暴力を描いた作品は、日本だけじゃなく、フランスやイギリスにも蛭子ファンがいる。蛭子さんの絵ならお金を払ってでも欲しいという人が世界中にいるんですよ」
動いていた蛭子さんのペンが止まった。
「ホントですか? 世界中から金が入るんですか」
蛭子さんの目がキラリと光った。