「金と自由は欲しいけど、何もしたくない──」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第8回/全10回)
スケッチブックに体をグーッと寄せながら、蛭子さんは黄色のサインペンで色をつけていく。どこか無骨だった絵が、色遣いが独特な蛭子カラーで彩られていく。
黄色のペンを置くと、蛭子さんは消しゴムを手にした。
鉛筆を使っていないのに、蛭子さんはサインペンで描いた線になぞって消しゴムをかけていく。まるで鉛筆で描いた下絵を消すように……。
疲れが出て、なにか勘違いしていると思った「蛭子能収の人生相談」担当記者の私・山内は、
「消しゴムを使う必要はありませんよ」
と声をかけたが、蛭子さんは、ずっと消しゴムを使い続けている。
40年来の盟友・根本敬さんがこう声をかけた。
「いいよ、いい感じ。消しゴムで、黄色がぼやけて、紙に馴染んでくるね」
うーん、蛭子さんと根本さんのコンビは、やはり絶妙だ。
「ま、これでいいでしょ」
と〈東京に負けた男〉(仮題)に、最後に赤いサインペンで着色し終えた蛭子さんが顔を上げた。満足そうに顔をほころばせている。
蛭子さんが絵を描き始めて50分ほど。プロジェクトに向けた1枚の絵が仕上がった。
「色がついた蛭子さんの絵はやっぱり違う!」
「ペンに迷いがない!」
「夢中に描いていましたね!」
まわりからあがる感想を耳にして、蛭子さんは照れくさそうに笑う。
根本さんもこう語る。
「前の蛭子さんなら、白い空間をうめるためにUFOや女性の裸を描いていたけどな……。でも、まあ、ちょっと前の、手抜きのイラストよりは断然いいよね」
テーマを自分で決めて、思い通りに絵を描く。昨今の蛭子さんには珍しいことだったのかもしれない。そのためには、周囲は、焦らせないで、気長に待つ姿勢が大切だが……。いずれにしても「最後の絵画展プロジェクト」に向けた第一作目が完成した。