■にらみ合うシーンで江角マキコの美しさにうっとり
本人の予想に反し、戸田さんは全国大会まで駒を進めた。
「大阪の花博(国際花と緑の博覧会)が会場で、テレビ中継もされました。“モデル立ち”をしている人もいたけど、私は、ただ突っ立っているだけ。審査員のおすぎさんに『あなた、ちょっと暗いところがあるの、わかっているの』って言われたり(笑)。さすがにこれはダメだなとあきらめていたのですが、舞台裏で審査員の千葉真一さんに『今度、共演しましょうね』と言われて。まさかと思ったのですが、グランプリに選ばれました」
文系・理系の進路すら決めていなかった戸田さんが、いきなり芸能界に進むことになった。
「自分の立っている地面がガラガラと回って、違う世界に行ったような感覚。高校3年の夏休みから上京し、17歳でデビューしましたが、演技の勉強なんてまったくしていなかったから、リハーサル室でよく泣いていました」
ドラマ初主演作は、林真理子原作の『葡萄が目にしみる』(’91年・フジテレビ系)。
「『こんなダサいコ、見たことない!』と言われるほど、素人が撮影現場に紛れ込んだよう。喫茶店でストローの袋の紙をどう扱うのかというような、細かなことまで演技指導を受けました」
田中裕子が出演した『家族の肖像』(’93年・TBS系)などの向田邦子作品が演技の教材だった。
「向田さんの物語は、日常生活を丁寧に描きながら、母親がふと見せる“女の顔”など、男女の機微や情念みたいなものを表現しています。“いつか向田作品に出てみたい”という夢を抱いていました」
その夢も『言うなかれ、君よ別れを』(’96年・TBS系)でかなえ、正統派女優としてステップアップしていった。
そんななかで、『ショムニ』は異色の作品だったという。
「コメディの作品はあまりやったことがなかったので、刺激的でした。それまでは自然な演技をするように指導されていたのに、コメディはオーバーな演技が求められます。バラの花をくわえてカルメンを踊ったのは、かなり恥ずかしかった……」
女性の社会進出がうたわれる一方で、女性が責任ある仕事を任されることが少なかった時代。ショムニのメンバーが活躍する姿に、視聴者が声援を送った。
「毎回のように、おちこぼれOLが集まるショムニ(庶務二課)を仕切る江角さんと、秘書課の私が侃々諤々にやり合って、顔がくっつくほど近づいてにらみ合うシーンがあるんです。赤面するほど恥ずかしく思いながら“きれいな人だな”とうっとりしていました」
ライバル関係とはいえ、困ったときにはお互い助け合うという友情が描かれていることも、ドラマの魅力の一つだった。
「放送が始まるとドラマは話題になり、視聴率は20%を超えていました。撮影現場にも勢いがあって、その熱量が、見てくださる方々にも伝わったのかもしれません」
いまだに若手女優からも「ショムニを見ていました」と言われることが多いほど、戸田さんにとっても思い出深い代表作なのだ。
【PROFILE】
戸田菜穂
’74年、広島県生まれ。ホリプロタレントスカウトキャラバンを経て、’91年に女優デビュー。’93年にはNHK連続テレビ小説『ええにょぼ』でヒロインを務め、全国的な人気女優となった。3月24日公開の映画『ロストケア』、3月30日配信の『君に届け』(Netflix)に出演