■夫から「生まれ変わったら、聞こえていたい?」と聞かれ「翼が欲しい?」と逆質問
私たちがテレビの手話通訳などで見る手話は“日本語対応手話”。名のとおり日本語に対応した聴者にわかりやすい手話で、ろう者が使う“日本手話”とは違うものだ。日本手話は言葉に頼らず、もっと感覚的で個性的。身振り手振り、表情でも伝える。古来ろう者同士で使ってきた生きた手話だ。方言もあれば、若者言葉もある。
「そこで三浦と相談して、ろう者が実際に使う手話を学ぶ教室『アイ・ラヴ・サイン』を始めました。一般の手話教室や講習会に通っても、ろう同士で話す手話がわからない。ろうの友達と話したいという生徒さんが多いですね。“学校で勉強する英語”ではなくて、“生きた英語”を知りたいのと同じことなのだと思います」
夫婦で教える手話教室は、忍足さんがボケで三浦さんがつっこむ夫婦漫才になりがちだ。
「携帯は、ろう者にとって大変便利です」と、忍足さんが話すと、三浦さんがすかさずつっこむ。「そう言うあなた、しょっちゅう携帯、忘れてるじゃん」
実は忍足さんは、ド天然キャラ。夫婦を一言で表せば、超天然マイペースな妻と口うるさくて世話焼きな夫、まさに好対照な夫婦だ。
夫婦で信号待ちをしているときだった。三浦さんが何げなく聞いたことがある。
「生まれ変わったら、聞こえていたい?」
忍足さんは質問で返した。
「三浦さんは翼が欲しい?」
「うん。翼があったら便利だよね」
「じゃあ今、翼がないから不便?」
「不便じゃないよ。だって最初から翼なんてないんだから」
「ろうもそれと同じだよ」
三浦さんは目からウロコが落ちる思いだったという。
「バス、車、バイク。音はそれぞれ違うんですよね。雪や雨、波にも音があるのは、マンガに書いてあるから知っています。雪が降ると『シンシン』、誰もいないと『シーン』と、そういう音がすると思ってた。すると、三浦が『違うよ。音はしない。そういうイメージなんだ』と教えてくれます。
ろう者も聴者も人間。結局は人と人です。以前は、ろう者同士の結婚にこだわったけれど、一緒に暮らして、お互い、いろいろあるかもしれないけれども、支え合いながら生きていくのが夫婦だなぁという思いに変わってきました。同じだからいいんじゃなく、違う2人がいる世界っていうのも面白いんじゃないかなと思います」
映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は上海国際映画祭に正式出品され、さらにはバンクーバー国際映画祭、ロンドン映画祭へも出品された。駅のホームを歩く忍足さんの後ろ姿の存在感、病院で慟哭する声の演技はすさまじい迫力だ。
忍足さんの時が満ちた。羽ばたけ、世界へ!
(取材:栃沢 穣/文:川上典子)