■「30分も遅刻した」初対面
そんな平野さんが初めて美輪さんに会ったのは、2002年頃。対談の企画で、世田谷にある美輪さんの自宅を訪れたのだ。
当時、平野さんはまだ京都在住。東京に土地勘がなく、乗ったタクシーは住宅街で迷い続けた。
「近くまで来ているのに、30分くらいぐるぐる迷ってしまったんです。本当に永遠のように感じた30分でした」
「30分も待たせてしまっている」と思うと、平野さんは生きた心地がしなかったという。美輪さんのマネージャーに電話を入れ、道を聞きながら右往左往。ようやく到着したときには、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げるところから対談が始まった。
ところが、美輪さんは怒るどころか、穏やかに迎え入れてくれた。
「とても親切でしたね」
緊張していた気持ちは、すぐにほぐれた。何より驚いたのは、美輪さんとの会話だった。
「頭の回転がものすごく速いんです。話が縦横無尽に広がっていって、しかもウィットに富んでいる。この人が三島由紀夫や寺山修司といった文学者たちに愛されたのはよくわかるなと思いました」
美輪さんは、平野さんが当時、上梓したばかりの小説『葬送』を高く評価し、「まるで19世紀を見てきたかのようによく書けてるわね」と絶賛してくれたという。
それ以来、美輪さんは、舞台があるごとに平野さんを招待してくれるように。
美輪さんは著書『乙女の教室』のなかで、故人となった三島由紀夫や泉鏡花と並び、《今、生きている作家なら、ボーイフレンド未満の平野啓一郎さんが好き》と名を挙げている。
【後編】「お前を殺してやる!」美輪明宏さんの迫力に震え上がって…小説家・平野啓一郎が明かす交流秘話へ続く
画像ページ >【写真あり】「神武以来の美少年」と呼ばれた美輪明宏さん(他2枚)
