■世界各地の紛争に雅子さまは心痛め…
雅子さまも’94年に広島市の平和記念公園、そして’96年には平和記念資料館を訪問されている。その年の誕生日会見でこう語られた。
「原爆の被害の悲惨さというものを改めて目の当たりにいたしまして深い悲しみを覚え、そしてこのような惨事は、世界のどこであっても決して二度とは繰り返されてはならないものだという思いを新たにいたしました」
また、雅子さまは会見で「ルワンダや旧ユーゴスラビア等の難民問題」「中東和平の行方」など、国際紛争について繰り返し言及されてきた。
「雅子さまは日本のみならず世界の平和を祈り続けてこられました。愛子さまはそのお考えを受け継がれ、ご自身も国際親善に尽力し、“平和の使者”になる道を模索されているのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
愛子さまは作文のなかで《平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々「平和」「平和」と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない》と、願うだけでは平和は訪れないとしたうえで、次のように綴られている。
《唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから》
平和を人任せにしないーー。愛子さまはそう誓われたのだ。
「上皇ご夫妻、そして両陛下から受け継がれた“祈り”を大切にしながらも、愛子さまは平和を築くため自ら行動し、“反戦”を伝えていこうとお考えなのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
“反戦を訴える内親王”にーー。愛子さまは決意を胸に、成年皇族としての一歩を踏み出される。
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